ブッシュ 大統領。 ブッシュ元大統領、ロムニー議員がトランプ氏不支持へ

ブッシュ元大統領・故パパブッシュの嘔吐事件とは?真珠湾攻撃の仕返しとも?

ブッシュ 大統領

先日のトランプ大統領就任でアメリカの今後の情勢が注目される中、『C-SPAN』が過去二回(2000年、2009年)に渡り行ってきたを発表した。 C-SPANとは、アメリカ議会を中心とした政治報道を主目的とする非営利のケーブルチャネルである。 このランキングは行政執行能力や経済政策など全10項目で歴代大統領のリーダーシップを評価しており、歴史学者を含む有識者が評価を行う。 2017年度版には91人の有識者が参加した。 不動の1位はアブラハム・リンカーン(906点)で、2位ジョージ・ワシントン(867点)、3位フランクリン・ルーズベルト(854点)と続く。 上位3名の顔ぶれは過去2回から変わらず、この3人は4位(807点)以下にそれなりの点差をつけて上位をキープしている。 上位3名の共通点は、アメリカ史上重要な転換期において大統領を務めていること、2期連続で大統領を務めていることなどが挙げられる。 独立戦争で大きく貢献し、初の大統領を務めたのが初代大統領ジョージ・ワシントン、南北戦争の末、奴隷制度を廃止したのが第16代大統領アブラハム・リンカーン、そして大恐慌及び第二次世界大戦時に大統領を4期も務めあげたのが、第32代大統領フランクリン・ルーズベルトである。 1951年にアメリカ憲法が改正されてからは、正式に大統領を3期以上務めることは不可能となったことを注記しておく。 上位3名は10項目のほとんどにおいて高得点を維持している。 リンカーン大統領の最も点数の低い項目は「議会との関係性」で79. 5点だが、それでも全体では3-4位と他大統領に比べれば相対的に高い。 また、3つの項目「ヴィジョン・アジェンダ設定」、「全体の公平性追求」、「危機下におけるリーダーシップ」で3回ともトップを維持している。 ワシントン大統領は「全体の公平性追求」が54. 4点と特に低く、順位では12、13位である。 しかし他項目は1-6位以内に入っており総じて高い。 F・ルーズベルト大統領も「全体の公平性追求」において順位を毎年下げており、2017年には68. 8点で8位と低めである。 背景として、ワシントン大統領は個人的には奴隷制度に反対でありながら、裕福な農家の子として奴隷を受け継いでおり、またその問題を大統領として公には正すことがなかったことにあると考えられる。 F・ルーズベルト大統領も、ニューディール政策が賛否両論ありつつもよく評価されるのに対して、第二次世界大戦中の日本人・日系人の強制収容に代表される人種差別的行いが批判される。 反対にランキングの下位では、第15代大統領ジェームズ・ブキャナンが常に最下位におり、次に第17代大統領アンドリュー・ジョンソン、第14代大統領フランクリン・ピアースが続く。 上位同様下位3名も過去3回の調査で変わることはなかった。 ブキャナン大統領は、南北の亀裂を深めてしまい最終的に内戦へと発展させてしまった点、及び奴隷制を支持していた点で低評価になっているのではなかろうか。 ブキャナン大統領の前任であったピアース大統領も似通った理由で評価が悪いと思われる。 ジョンソン大統領は、その強硬な態度や同じく奴隷制度の支持、アメリカ原住民の迫害のため評価が低くなっていると考えられる。 ランキング内容をまとめると、危機的状況及びその前兆に直面したときに状況を悪化、または解決に導いた人物がランキングの下位と上位に入っているようだ。 下位に位置している人物も、時代次第では違った結果になっていたかもしれない。 先日退任したオバマ大統領に関して言えば、近年の大統領では最も高い12位にランクインしており、その前にベトナム戦争などで不評を招いたブッシュ大統領の33位とは対照的である。 将来歴史学者が、今度のトランプ大統領をどのようにランキングで位置づけるのかも注目したい。 最後に本記事で扱った上位10、下位10のランキングを紹介する: ベスト10 (大統領名、2017年最終スコア) 1, アブラハム・リンカーン 906 2, ジョージ・ワシントン 867 3, フランクリン・ルーズベルト 854 4, セオドア・ルーズベルト 807 5, ドワイ・D・アイゼンハワー 744 6, ハリー・S・トルーマン 737 7, トーマス・ジェファーソン 727 8, ジョン・F・ケネディ 722 9, ロナルド・レーガン 691 10, リンドン・B・ジョンソン 686 ワースト10 (大統領名、2017年最終スコア) 1, ジェームズ・ブキャナン 245 2, アンドリュー・ジョンソン 275 3, フランクリン・ピアース 315 4, ウォレン・G・ハーディング 360 5, ジョン・タイラー 372 6, ウィリアム・ヘンリー・ハリソン 383 7, ミラード・フィルモア 393 8, ハーバート・フーヴァー 416 9, チェスター・アーサー 446 10, マーティン・ヴァン・ビューレン 450 photo via 訂正 記事内の一部に誤りがございました。 「第7代大統領アンドリュー・ジョンソン」と記載しておりましたが、正しくは第17代大統領でした。 お詫びして訂正いたします。 本文は訂正済みです。

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ジョージ・ブッシュ

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ブッシュ(子)大統領 民主党政権からに政権を奪還した。 の長男。 2000年の大統領選挙ではのゴア候補と歴史的な接戦を演じ最高裁の判決で大統領となった。 任期は2001年から2期務め、2008年まで。 Episode アメリカ大統領選出のトリック は一般投票で州ごとに複数の選挙人が選挙され、選挙人の投票で過半数を得た者が選ばれる。 選挙人は州ごとの「総取り方式」で勝った方がその州の全選挙人を獲得する。 そのため、一般投票の総計で多くても、選挙人による選挙で選ばれないことがあり得る。 2000年選挙は民主党ゴア候補が一般投票では5099万票、共和党ブッシュ候補が5045万票で、ゴア候補が約50万票多かったが、選挙人選挙ではゴア=266人、ブッシュ=271人でブッシュ候補の勝利となった。 このようなケースは過去に三回あったが、今回はフロリダ州の一般投票が僅差であり、ゴアは一部地域で票集計で誤りがあったとして再集計を要求した。 州最高裁は再集計を決定したが、連邦最高裁(共和党寄りの右派が判事だった)が再集計は違憲の判決を行い、ブッシュの勝利が確定した。 この1ヶ月にわたる騒動は世界中が注目し、「ブッシュは法律上正当な大統領ではない」などの声も残った。 新保守主義・単独行動主義の台頭 冷戦後にアメリカ合衆国が「唯一の超大国」となったことを背景に、ブッシュ政権では新保守主義が台頭した。 そのため多数派である小国主導の国際連合に反発して国際協調路線が後退し、「単独行動主義(一国主義とも言う)=」をとるようになった。 同時多発テロとアフガン戦争 就任後まもない2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易ビルやワシントンの国防省(ペンタゴン)に対するが発生、テロとの戦いを全面に掲げ、10月にテロの首謀者と断定したの潜伏先として政権のした。 アフガニスタンにはアメリカの支援によって新政権が樹立されたが、安定した状態を取り戻すことはできず、またイスラーム過激派による反米テロも世界各地で起こり、ブッシュ政権はテロとの戦いを続けることとなった。 イラク戦争 2002年1月の一般教書演説で、イラク・イラン・北朝鮮を「悪の枢軸」国家と非難し、さらに同年9月20日には「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(一般にといわれる)を発表し、テロリストとの戦いでは「先制的攻撃」が許容されるという、いわゆる先制攻撃論を明確にした。 その上で、の政権が国際テロ組織を抱え込み、大量殺人兵器を開発しているとして、2003年3月にイラク侵攻を開始(一般にこの戦争をという)、サダム=フセイン政権を倒した。 イラク戦争にはイギリスのブレア政権なども追随し、日本の小泉政権も自衛隊をイラクに派遣(非戦闘地域のサマワ地区に活動を限定した)したが、フセイン政権がターリバーンを匿っていることと大量殺戮兵器を隠匿している証拠は見つからなかった。 リーマンショック 2008年にはサブプライム問題から急激な金融危機()が発生し、同年11月の大統領選挙では共和党の後継者マケインが、民主党のオバマ候補に敗れ8年間の共和党政権は終わりを告げた。 Episode 最後のイラク訪問、別れに靴 ブッシュ大統領は退任間近な2008年12月14日、イラクを予告なしに訪問。 年末で国連安保理決議による駐留期限が切れるので、新年1月からのアメリカ軍のイラク駐留に関する協定をマリキ首相と署名した。 署名後の記者会見の席上、イラク人記者が立ち上がり、アラビア語で「別れのキスだ。 犬め!」、「夫を失った女性、親を失った子どもたちからの贈り物だ」などと叫びながら左右の靴を一つずつブッシュ大統領に投げつけた。 とっさに身をかがめてよけた大統領は「靴のサイズは10だった」と冗談を言って余裕を見せた。 <朝日新聞 2008年12月15日記事> この記者は拘束されたが、アラブ各地からは英雄視され、エジプトの富豪は娘の婿にしたいと申し出たという。

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歴代アメリカ合衆国大統領の一覧

ブッシュ 大統領

オバマ外交対ブッシュ外交 多くの批評家は、アメリカの外交政策は国のリーダーシップの変化にもかかわらず変わらないと述べている。 しかし、異なる大統領によって採択された外交政策は様々な点で異なっている。 オバマ政権とブッシュ政権の外交政策の間には一定のバリエーションが見られる。 しかし、ブッシュ大統領はすべての分野で緊張を募らせた。 彼の大統領の最初の数ヶ月で、オバマは深刻な外交政策上の問題に直面していない。 彼はアメリカ人の安全を確保する外交政策に自分自身と政権を委ねると誓った。 彼の外交政策は、より多くの部隊をイラクに追い込むことでした。 しかし、オバマ氏は、イラク戦争を終わらせ、その国が直面する課題に焦点を当てることが、彼の使命であることを明確に述べている。 彼は、イラク駐留米軍の使命が大幅に変わると述べ、イラク治安部隊の訓練、装備、助言を行い、今後の課題に対応すると述べた。 ブッシュ大統領の外交政策で知られていないイスラム教徒に手を差し伸べるオバマの誇り。 ブッシュ大統領とオバマ政権の両政権は、アル・カイダとタリバンについて同様の立場をとっている。 ブッシュ政権は脅威に対処するための明確な政策を持っていなかったが、オバマは既にパキスタンとアフガニスタンのテロ組織を解体する新しい戦略を発表した。 原子力発電とその可能性については、ブッシュ大統領とオバマ政権の間にいくつかの違いがある。 オバマは既存の核兵器をすべて削減し、最終的に排除するためのものです。 また、ロシアとの更なる原子力削減や包括的核実験禁止条約の批准について交渉を提案している。 オバマ大統領は核拡散を支持し、テロリストがそのような武器を入手するのを防ぐためのものだ。 一方、ブッシュは、反弾道ミサイル条約から撤退した。 オバマ大統領は、就任から数日後、既存の関係を強化し、将来の課題に対応するための新しい関係を築くことをビジョンとしていると述べた。 ブッシュ大統領の外交政策は、韓国や中国など、多くの国々との外交的緊張によって特徴づけられた。 要約: 1。 ブッシュ大統領はすべての分野で緊張感を示していた。 彼の大統領への最初の数ヶ月で、オバマは深刻な外交政策上の問題に直面していない。 イラクでのオバマの使命は、戦争を終わらせ、その国が直面する課題に焦点を当てることです。 ブッシュ大統領はイラクにさらに兵士を派遣する政策を持っていた。 ブッシュ大統領の外交政策では、イスラム教徒に向かって手を伸ばすというオバマの誇りが聞こえなかった。

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