柚木 沙弥 郎 うちわ。 型染うちわ (柚木沙弥郎)

柚木沙弥郎の型染うちわ|BEAMS JAPAN(ビームス ジャパン)|BEAMS

柚木 沙弥 郎 うちわ

東京・田端に生まれた柚木さんと松本の出会いは、78年前にさかのぼります。 松本の旧制高等学校進学がきっかけでした。 在学中に開戦。 大学進学を機に松本を離れますが、染色家になってからも、展覧会のために度々この町を訪れてきました。 芹沢銈介の型染カレンダーを見て染色家を志し、民藝運動の提唱者・柳宗悦からもじかに薫陶を受けた柚木さん。 民藝運動の香りが色濃く残るこの町で、柚木さんの作品は、人々の暮らしの近くに息づいています。 ちきりや工芸店 明治期に建てられた白壁と格子状のなまこ壁の蔵造りの建物が目印の工芸店。 1974年以降、柚木さんの個展の会場にもなった。 柚木さんの型染絵。 桃太郎や金太郎からメキシコの楽隊まで、楽しいモチーフ尽くし。 柚木さんの個展の会場にもなった工芸店を訪ねました。 なまこ壁の土蔵を利用した古物店などが立ち並ぶ、中町通にある「ちきりや工芸店」です。 建物に足を踏み入れると、棚いっぱいに並べられた各地の陶磁器やガラス、さらに世界中の日用品や玩具が目に飛び込んできます。 ひときわ楽しげな空気を漂わせているのは、壁面の柚木さんの色鮮やかな型染絵です。 馬に乗ったガウチョやホルンを吹く楽隊のような異国を思わせるモチーフから、金太郎や桃太郎など日本的なキャラクターまで、眺めていると心が浮き立ちます。 「温かみがあって楽しいから、いつまで見ていても飽きないの。 どなたの心にもすーっと入ってくる感じよね」店主の丸山眞佐子さんは目を細めます。 店の奥のケースに大切に飾られている柚木さんののれん「踊る人」(右)。 隣のグァテマラの絣に織られた人物とダンス合戦しているかのよう。 「奥の部屋に、柚木先生のいいのれんがあるのよ」と眞佐子さんに案内され、ガラスケースに大切に収められた作品を見せてもらいました。 特にお気に入りの作品を並べたこのコーナーには、沖縄の紅型(びんがた)や南米の絣(かすり)、アフリカの絞り染めなど、強い個性を持つ作品が並びますが、柚木さんの型染は違和感なくなじみつつも、おおらかな存在感を放っています。 この店での個展で発表されたこの作品について、「しゃれているでしょ? ここに飾りたくて最初から売らないつもりだったの」と眞佐子さん。 眞佐子さんの宝箱のようなこのお店の宝物のひとつなのです。 1947年に父・丸山太郎さんが開いた「ちきりや工芸店」の現店主・丸山眞佐子さん。 「ちきりや工芸店」は、眞佐子さんの父・丸山太郎さんが創業しました。 1947年、生業の紙問屋を営んでいた店の半分に、各地の工芸品を取り揃え店を始めました。 「柳先生の影響で、父はとっくりやそばちょこの絵に感動したの。 新しい作り手の紹介も行いました。 「この方はすばらしいな、と思えば父は展覧会を企画しました。 父は心を打つものしか飾らなかった。 柚木さんの型染も、いつの時代に見ても本当にきれいでしょ」 あがたの森文化会館/旧制高等学校記念館 ヒマラヤ杉の木立に建つ旧松本高等学校校舎。 現在では市民の憩いの場として使用されている。 大正期の高等学校建築としては初めて重文に指定された校舎。 校舎の一角にある旧制高等学校記念館。 柚木さんがデザインした記念館マスコットのスタンプ。 柚木さんと松本の町との出会いは、旧松本高等学校に進学した1940年にまでさかのぼります。 青春時代の舞台だった場所を訪ねてみました。 松本市の東、緑深いあがたの森にある、あがたの森文化会館です。 背が高い針葉樹に囲まれて、柚木さんが学んだ旧松本高等学校校舎が建っています。 信州大学の前身の一つとなった旧松本高等学校は、戦後の学制改革で廃止されましたが、校舎は大正期を代表する木造洋風建築物として保存され、現在では市民の生涯学習の場に使用されています。 併設して、旧制高等学校記念館があります。 入口で、柚木さんデザインによる学生を描いたマスコット「バンカラ」のスタンプを見つけました。 記念館では、全国の旧制高校の資料が展示されるとともに、写真や落書きなどの資料から「松高」の自由で先進的な空気を感じることができます。 談話室を飾る、柚木さん作「青春群像」(1993年)。 松本での日々は、談話室に掛けられた作品にいきいきと描かれています。 着古した学生服にマントをまとい高げたを履いた「バンカラ姿」の学生たちの、エネルギーに満ちた様子。 描かれた応援団風の学生の手に勢いよく翻る、松高の名前を染め抜いた幟(のぼり)に目が行きました。 「私の布に対する印象は静止している布ではなくて流動する布なのである。 (中略)そんなフレキシブルな布にふさわしい模様を布に贈りたいと私は思っているのだ」 柚木さんのそんな言葉を思い起こしました。 ここに描かれているのは、まだ民藝運動の薫陶を受ける前の思い出ですが、布という素材への柚木さんのまなざしを感じました。 国宝・松本城。 背後にそびえる北アルプスの山々。 「松本城天守閣」(ちきりや工芸店刊『松本の思い出』より) 松本市中心部に戻ってきました。 町のランドマーク、松本城の堀端をしばし歩いてみます。 柚木さんは松本での青春時代を振り返り、よそ者だからこそ松本の楽しさを享受できたと語っています。 「なにしろ学校や寮を中心にぼくたちの生活上必要とする所へは歩いて行ける。 そして松本の町を取り囲む里山は香ぐわしい自然の息吹をムンムン発揮する。 遠く北アルプスの峰峰は朝に夕に若者の心をときめかしてくれる。 僕の予想した以上に松本は厳しく美しい理想的な環境だった」 快晴に恵まれたので、この日も天守閣の向こうに雪をいただいた北アルプスの山々が美しく浮かび上がるのが見えました。 松本の町で出会う柚木さんのデザイン 菓子店のケースには、柚木さんデザインのケーキの包装が。 「開運堂」にて。 柚木さんデザインの猫が乗っているのは松本民芸家具の椅子。 家具店「松本民芸家具」にて。 松本ほど、柚木さんのデザインや作品と出会える町は他にありません。 菓子店のケーキや、ホテルのパンフレット、家具店の小物など、町のあちこちで柚木さんのデザインを目にすると、ユーモアと楽しさにあふれた創作の世界を旅しているような気分になります。 松本の町に息づく柚木さんの作品 居酒屋「しづか」の入り口では柚木さん作ののれんがお客さんを迎える。 女将・市東浩子さん。 「しづか」にて。 なんとも元気のよさそうなバッタ。 一目見て気に入って買い求めた、と女将。 ちきりや工芸店で初個展を行った頃に柚木さんの作品に出会い、求めた作品を今も大切に所蔵している人がこの町にはたくさんいるそうです。 当時から続く松本のお店では、現在も柚木さんののれんが客人を迎え、日常ににぎわいを添えてくれます。 「展覧会で柚木先生の作品を一目見て大好きになりました。 私は帯も持っていますよ。 大切に使って、今では時々若女将が締めています。 松本には今でも大切に持っている人が多いのではないかしら。 明るくて優しい作品はいつまでも飽きません」と語るのは、居酒屋「しづか」の女将(おかみ)・市東浩子さん。 浅間温泉の旅館「菊之湯」。 大女将の中條今子(きょうこ)さんは、柚木さんの作品を展覧会ごとに少しずつ買い求めてきた(こののれんは菅原匠の作品)。 階段を登ると出くわす型染布。 招き猫のようにユーモラスな存在感。 ロビーに飾られた「ならぶ人ならぶ鳥」1982年。 松本駅からバスで20分。 浅間温泉にある菊之湯もそんな場所の一つです。 柚木さんが個展の最後の日に宿泊する宿だったこともあり、大女将の中條今子(きょうこ)さんは展覧会ごとに少しずつ作品を買い求めてきました。 信州に古くから伝わる本棟造りによる館内には、19世紀ドイツ製のオルゴールからだるままで、国や時代を超えた民芸品が数多く飾られていますが、一見無国籍な柚木さんの作品と温かい調和が生まれています。 「好きなものなら何でも飾ってしまうの。 個展で見た柚木さんの作品がどうしても気に入って、同じ柄を染めてもらいました。 ピアノの周りにお客様が集まるロビーに飾ったら、楽しい雰囲気がぴったりでした」 暮らしの中に美があると説いた民藝の思想。 その民藝の美意識を宿し続ける松本の町で、柚木さんの作品は、現在もなお人々の暮らしに寄り添い、愛されています。 6月24日(日)まで。 7月3日(火)から9月2日(日)まで規模を縮小して継続展示.

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柚木沙弥郎の「鳥獣戯画」

柚木 沙弥 郎 うちわ

TAGS:• 染色家・柚木沙弥郎(ゆのき さみろう)さん、95歳。 鮮やかで力強い染色や大胆なモチーフは、伝統工芸という枠にとどまることなく、アート表現の可能性を切り開いてきました。 今や日本の型染(かたぞめ)の第一人者として、国内外で高い評価を得ており、先日まで開催されていた『柚木沙弥郎 もようと色彩』展は、会期中の入館者数が日本民藝館の過去最多を記録。 そして、型染に限らず、版画、ガラス絵、人形、絵本といった新たな分野にも挑戦し、自らの表現を追求しています。 「人生に面白みを感じるかが、ミソだよ」。 柚木さんは、日々の何気ない暮らしの中に、美しさや喜びがあることを教えてくれます。 人生100年、とも言われる現代。 柚木さんの生き方には、自分の足で立ち、楽しみながら歳を重ねるヒントが詰まっています。 「日本民藝館」(東京都目黒区)で先日まで開催されていた『柚木沙弥郎 もようと色彩』展。 会期中の入館者数は日本民藝館の過去最多を記録し、終了間近の週末には1,500人もの来館があったといいます。 染色家・柚木沙弥郎(ゆのき さみろう)さん、95歳。 鮮やかで力強い染色や大胆なモチーフは、伝統工芸という枠にとどまることなく、アート表現の可能性を切り開いてきました。 今や日本の型染(かたぞめ)の第一人者として、国内外で高い評価を得ています。 また、型染に限らず、版画、ガラス絵、人形、絵本といった新たな分野にも挑戦し、自らの表現を追求し続けています。 「気持ちは、年齢と関係ないもの」。 そう穏やかに語る、柚木さん。 人生観とエネルギーの源について教えていただきました。 95歳の染色家・柚木沙弥郎さんにインタビュー 柚木さんは1922年、東京生まれ。 父親は洋画家、祖父も画家という芸術一家に育ち、幼いころから絵画に慣れ親しんでいたといいます。 戦後、就職したのは岡山県倉敷にある大原美術館。 そこで「民藝」と出合い、のちに人間国宝となる芹沢銈介氏(1895-1984)に師事しました。 染色の道を歩み始めて70年。 これまで、数多くの個展やイベントで作品を発表しています。 近年は、フランス国立ギメ東洋美術館でも展覧会を開催。 今もなお精力的な制作を続ける柚木さんのご自宅兼アトリエで、お話を伺いました。 染色家の柚木沙弥郎さん ——「民藝」との出合いについて教えていただけますか? どんなところに惹かれたのでしょう。 柚木沙弥郎さん(以下、柚木さん):一般に民藝というと、土産物とか言われちゃう。 先入観もあるからね。 戦後、東京から実家のあった岡山に移り、大原美術館に勤めました。 美術館では、濱田庄司さんや河井寛次郎さんの陶磁器の展示を行っていました。 僕はなかでも、芹沢銈介さんの型染めカレンダーに目を奪われました。 文字でも絵でもない、「模様」というものに感動して。 いてもたってもいられなくなり、芹沢さんの元に弟子入りしました。 倉敷は特別でしたね。 戦後まもなく誰もが生活に余裕がない中、倉敷は街として「文化」を大事にしていたんですよね。 美術品ではなく、庶民が日常的に扱う日用品に日本独自の美と手仕事を見出し、世界にその価値を知らしめるきっかけになった活動のことを指す。 民藝(民芸)は、民衆的工芸の略。 柳 宗悦、濱田庄司、河井寛次郎といったメンバーが中心となる。 ——柚木さんの作品は、大胆な構図や鮮やかな色使いも印象的です。 インスピレーションはどこから来るのでしょう。 柚木さん:先日の『柚木沙弥郎 もようと色彩』展には、僕の原点から今日までの作品を集めました。 いわば回顧展のようなものですね。 でもね。 回顧展というのは、生きているうちにできるものだと思っていなかったな。 2000年ごろからは特に、現代美術にも魅力を感じるようになりました。 だからといって、制作を続ける中で「現代的であること」を意識しているわけではないんです。 毎度同じものをつくるわけではないし、自分の生きている時代の感覚が、自然と入ってきますから。 ただ、こういった民藝の世界の中では、深く狭く追求する人も多いかもしれません。 でも僕はね、あっち向いたりこっち向いたりしちゃうんだ。 自宅兼アトリエにて 気持ちは年齢と関係ない ——展覧会では、植物や動物、人をモチーフにしたものも多く見かけました。 日常の景色からイメージを想起するのでしょうか? 柚木さん:出来上がったばかりの新作は、代々木公園で見かけた枯木をモチーフにしました。 枯れてしまった木を見てね、形や手触りが面白いと思ったんです。 生きている元気な木とはまた違う魅力がある。 よく木や花をスケッチしたりする方もいますけど、僕は写生はしないんです。 見ながらでなくて、感じた印象を作品にしているんだ。 ——新作は、柚木さんの背を超えるような大作ですよね。 そのエネルギーはどのように湧いてくるのでしょう? 柚木さん:気持ちね、年齢と関係ないもの。 ハサミで切ったりするときは、若いときと違って時間がかかったり、苦労することもあるけれど。 切っているときは切ることだけ。 そのときそのときに集中すればいいんだ。 型染は、もうずっと分業制でね、僕がデザインをして型紙をつくって、専任の染め職人と二人三脚でやっています。 デザインを考えるときは、僕は手を動かしながら考えるんです。 最初にもうゴールを決めておくようじゃダメなんだ。 もっとこうした方がいいんじゃないかって、デッサンも何度も描き直します。 気も変わるしね。 型染は、日本の伝統的な染色技法のひとつ。 染めない部分を糊で防染し染色をする 「棚ぼた」はない。 自分で、面白みを感じられるか ——制作を続ける中で、ずっと大切にしている思いはありますか? 柚木さん: ワクワクしてないとダメなんだ。 ある程度おっちょこちょいじゃないとね、作品をつくるには。 でもね、女子美(女子美術大学)で教えていたころの生徒から後に「先生には近寄りがたかった」って言われちゃったこともあるんだ。 僕はそんなつもりじゃなかったんだけどね。 真面目だったのね。 力が抜けたのは、こうやって歳をとってからかもしれないね。 子供のころは、母親に「沙弥郎、そんなに調子に乗るな」って言われてそれからセーブするようになったんだけど。 学生時代は、自制心が強かったかもしれないね。 それから戦争があって。 青春なんてなかったね、今が青春だよ。 そりゃあ人間だから、スランプもある。 社会に目を向ければ、息が詰まるような問題もたくさんあるし、仕事や家庭のことで悩む人も多いかもしれない。 でもその中に生活の面白みを感じられるか、というのがミソだよね。 ——なるほど。 柚木さん:「棚からぼた餅」なんて、絶対にないんだ。 自分で見つけるしかないんです。 お菓子の包み紙やチケットなど、デザインの気に入ったものを貼るスクラップブック ——今、取り掛かっていることや楽しみにしていることはありますか? 柚木:このあいだ日本民藝館での回顧展が終わって、また次のステージだね。 来年の春に、葉山で展覧会をやることになったんだ。 会場が広くてね、制作しないとね。 ——最後に、仕事や家庭、子育てと悩むことも多い大人の女性へアドバイスをお願いできますか? 柚木さん:直面している難しい問題や悩みの中にも、面白さを見つけられるといいですね。 心では苦しいんだけど、気持ちはそこから浮遊しているような。 距離感をもつんです。 もうひとりの別の自分がいて、客観的に自分を見ることができればもう、しめたもんですよ。 「なんでこんなに、うちの亭主はむくれているんだろう」。 そんなときでも角度を変えて見てみるんです。 そうしないとね、身がもたないでしょう。 それとね、会社勤めの顔、妻や母親としての顔。 それとは別に自分の持っている「身体」の生かし方を考えられるといいかもしれません。 夢や憧れをもつと、愉快になると思うよ。 自分が、人生の主人公になって考える。 それは特別なことでなくて、日常的なことでね。 これが好きだとか、これをやっていれば大丈夫、という自信をもつことが大事になってくる。 小さなことでいいんだ。 これは私ではないとできないとか、何か長く続けること。 そういったことをひとつでも自分の中にもつのはどうだろう。

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柚木沙弥郎の「鳥獣戯画」

柚木 沙弥 郎 うちわ

東京・田端に生まれた柚木さんと松本の出会いは、78年前にさかのぼります。 松本の旧制高等学校進学がきっかけでした。 在学中に開戦。 大学進学を機に松本を離れますが、染色家になってからも、展覧会のために度々この町を訪れてきました。 芹沢銈介の型染カレンダーを見て染色家を志し、民藝運動の提唱者・柳宗悦からもじかに薫陶を受けた柚木さん。 民藝運動の香りが色濃く残るこの町で、柚木さんの作品は、人々の暮らしの近くに息づいています。 ちきりや工芸店 明治期に建てられた白壁と格子状のなまこ壁の蔵造りの建物が目印の工芸店。 1974年以降、柚木さんの個展の会場にもなった。 柚木さんの型染絵。 桃太郎や金太郎からメキシコの楽隊まで、楽しいモチーフ尽くし。 柚木さんの個展の会場にもなった工芸店を訪ねました。 なまこ壁の土蔵を利用した古物店などが立ち並ぶ、中町通にある「ちきりや工芸店」です。 建物に足を踏み入れると、棚いっぱいに並べられた各地の陶磁器やガラス、さらに世界中の日用品や玩具が目に飛び込んできます。 ひときわ楽しげな空気を漂わせているのは、壁面の柚木さんの色鮮やかな型染絵です。 馬に乗ったガウチョやホルンを吹く楽隊のような異国を思わせるモチーフから、金太郎や桃太郎など日本的なキャラクターまで、眺めていると心が浮き立ちます。 「温かみがあって楽しいから、いつまで見ていても飽きないの。 どなたの心にもすーっと入ってくる感じよね」店主の丸山眞佐子さんは目を細めます。 店の奥のケースに大切に飾られている柚木さんののれん「踊る人」(右)。 隣のグァテマラの絣に織られた人物とダンス合戦しているかのよう。 「奥の部屋に、柚木先生のいいのれんがあるのよ」と眞佐子さんに案内され、ガラスケースに大切に収められた作品を見せてもらいました。 特にお気に入りの作品を並べたこのコーナーには、沖縄の紅型(びんがた)や南米の絣(かすり)、アフリカの絞り染めなど、強い個性を持つ作品が並びますが、柚木さんの型染は違和感なくなじみつつも、おおらかな存在感を放っています。 この店での個展で発表されたこの作品について、「しゃれているでしょ? ここに飾りたくて最初から売らないつもりだったの」と眞佐子さん。 眞佐子さんの宝箱のようなこのお店の宝物のひとつなのです。 1947年に父・丸山太郎さんが開いた「ちきりや工芸店」の現店主・丸山眞佐子さん。 「ちきりや工芸店」は、眞佐子さんの父・丸山太郎さんが創業しました。 1947年、生業の紙問屋を営んでいた店の半分に、各地の工芸品を取り揃え店を始めました。 「柳先生の影響で、父はとっくりやそばちょこの絵に感動したの。 新しい作り手の紹介も行いました。 「この方はすばらしいな、と思えば父は展覧会を企画しました。 父は心を打つものしか飾らなかった。 柚木さんの型染も、いつの時代に見ても本当にきれいでしょ」 あがたの森文化会館/旧制高等学校記念館 ヒマラヤ杉の木立に建つ旧松本高等学校校舎。 現在では市民の憩いの場として使用されている。 大正期の高等学校建築としては初めて重文に指定された校舎。 校舎の一角にある旧制高等学校記念館。 柚木さんがデザインした記念館マスコットのスタンプ。 柚木さんと松本の町との出会いは、旧松本高等学校に進学した1940年にまでさかのぼります。 青春時代の舞台だった場所を訪ねてみました。 松本市の東、緑深いあがたの森にある、あがたの森文化会館です。 背が高い針葉樹に囲まれて、柚木さんが学んだ旧松本高等学校校舎が建っています。 信州大学の前身の一つとなった旧松本高等学校は、戦後の学制改革で廃止されましたが、校舎は大正期を代表する木造洋風建築物として保存され、現在では市民の生涯学習の場に使用されています。 併設して、旧制高等学校記念館があります。 入口で、柚木さんデザインによる学生を描いたマスコット「バンカラ」のスタンプを見つけました。 記念館では、全国の旧制高校の資料が展示されるとともに、写真や落書きなどの資料から「松高」の自由で先進的な空気を感じることができます。 談話室を飾る、柚木さん作「青春群像」(1993年)。 松本での日々は、談話室に掛けられた作品にいきいきと描かれています。 着古した学生服にマントをまとい高げたを履いた「バンカラ姿」の学生たちの、エネルギーに満ちた様子。 描かれた応援団風の学生の手に勢いよく翻る、松高の名前を染め抜いた幟(のぼり)に目が行きました。 「私の布に対する印象は静止している布ではなくて流動する布なのである。 (中略)そんなフレキシブルな布にふさわしい模様を布に贈りたいと私は思っているのだ」 柚木さんのそんな言葉を思い起こしました。 ここに描かれているのは、まだ民藝運動の薫陶を受ける前の思い出ですが、布という素材への柚木さんのまなざしを感じました。 国宝・松本城。 背後にそびえる北アルプスの山々。 「松本城天守閣」(ちきりや工芸店刊『松本の思い出』より) 松本市中心部に戻ってきました。 町のランドマーク、松本城の堀端をしばし歩いてみます。 柚木さんは松本での青春時代を振り返り、よそ者だからこそ松本の楽しさを享受できたと語っています。 「なにしろ学校や寮を中心にぼくたちの生活上必要とする所へは歩いて行ける。 そして松本の町を取り囲む里山は香ぐわしい自然の息吹をムンムン発揮する。 遠く北アルプスの峰峰は朝に夕に若者の心をときめかしてくれる。 僕の予想した以上に松本は厳しく美しい理想的な環境だった」 快晴に恵まれたので、この日も天守閣の向こうに雪をいただいた北アルプスの山々が美しく浮かび上がるのが見えました。 松本の町で出会う柚木さんのデザイン 菓子店のケースには、柚木さんデザインのケーキの包装が。 「開運堂」にて。 柚木さんデザインの猫が乗っているのは松本民芸家具の椅子。 家具店「松本民芸家具」にて。 松本ほど、柚木さんのデザインや作品と出会える町は他にありません。 菓子店のケーキや、ホテルのパンフレット、家具店の小物など、町のあちこちで柚木さんのデザインを目にすると、ユーモアと楽しさにあふれた創作の世界を旅しているような気分になります。 松本の町に息づく柚木さんの作品 居酒屋「しづか」の入り口では柚木さん作ののれんがお客さんを迎える。 女将・市東浩子さん。 「しづか」にて。 なんとも元気のよさそうなバッタ。 一目見て気に入って買い求めた、と女将。 ちきりや工芸店で初個展を行った頃に柚木さんの作品に出会い、求めた作品を今も大切に所蔵している人がこの町にはたくさんいるそうです。 当時から続く松本のお店では、現在も柚木さんののれんが客人を迎え、日常ににぎわいを添えてくれます。 「展覧会で柚木先生の作品を一目見て大好きになりました。 私は帯も持っていますよ。 大切に使って、今では時々若女将が締めています。 松本には今でも大切に持っている人が多いのではないかしら。 明るくて優しい作品はいつまでも飽きません」と語るのは、居酒屋「しづか」の女将(おかみ)・市東浩子さん。 浅間温泉の旅館「菊之湯」。 大女将の中條今子(きょうこ)さんは、柚木さんの作品を展覧会ごとに少しずつ買い求めてきた(こののれんは菅原匠の作品)。 階段を登ると出くわす型染布。 招き猫のようにユーモラスな存在感。 ロビーに飾られた「ならぶ人ならぶ鳥」1982年。 松本駅からバスで20分。 浅間温泉にある菊之湯もそんな場所の一つです。 柚木さんが個展の最後の日に宿泊する宿だったこともあり、大女将の中條今子(きょうこ)さんは展覧会ごとに少しずつ作品を買い求めてきました。 信州に古くから伝わる本棟造りによる館内には、19世紀ドイツ製のオルゴールからだるままで、国や時代を超えた民芸品が数多く飾られていますが、一見無国籍な柚木さんの作品と温かい調和が生まれています。 「好きなものなら何でも飾ってしまうの。 個展で見た柚木さんの作品がどうしても気に入って、同じ柄を染めてもらいました。 ピアノの周りにお客様が集まるロビーに飾ったら、楽しい雰囲気がぴったりでした」 暮らしの中に美があると説いた民藝の思想。 その民藝の美意識を宿し続ける松本の町で、柚木さんの作品は、現在もなお人々の暮らしに寄り添い、愛されています。 6月24日(日)まで。 7月3日(火)から9月2日(日)まで規模を縮小して継続展示.

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