アボリジニ 狩り。 【アボリジニのブーメランとは】狩りのブーメランから投げ方まで解説|リベラルアーツガイド

アボリジニの人口は90%以上が減少!豪政府に世界からも非難が

アボリジニ 狩り

クック船長が上陸した1770年に 100万人いたアボリジニは、 1920年には7万人にまで減少した。 (タスマニア島では絶滅) 最大の原因は、ヨーロッパ人が持ち込んだ 天然痘やインフルエンザなどの 伝染病である。 しかし、もちろん それだけではない。 sci-news. comより引用 白人入植以前から住んでいる オーストラリア先住民族であり、 5~12万年ほど前にオーストラリア大陸に 渡ってきたといわれる。 その頃は今より海面が150mも低かったので 大陸間の移動が容易であった。 大陸全体に居住していたが、 大多数は 南東部マレー川周辺に住んでいた。 狩猟採集民族 オーストラリア大陸には 農耕に適した植物や家畜となる動物が ほとんどなかった。 そのため、 木の実を得たり、動物を狩る生活を 一定のエリアを巡回しながら行った。 地球最古の文化ともいわれている。 wikipedia. アボリジニ社会は、 あまりにも多様化細分化しており、 民族が1つになって白人を戦うという 文化がなかった。 abc. net. アボリジニには槍やブーメランなどの 原始的な武器しかなかった。 原住民は大規模な集団を形成しない。 戦いも 部族ごとである。 少数の白人集団でも銃を使えば 部族ごと 個別に撃破していくことができる。 National Library of Australiaより引用 そのため、 わずかな軍隊で大陸全体を占領できた。 これは南北アメリカ大陸、アフリカ大陸の その他地域の原住民の侵略方法に共通する。 同時に、都市部では 犯罪者が激増した。 国内の監獄が 定員オーバーとなり、 アメリカを流刑地として囚人を送っていたが、 独立されてしまった。 wikipedia. 11隻の艦隊に778人の囚人(男586・女192)がいた。 この囚人とは殺人などの凶悪犯ではなく、 窃盗などのションベン刑を繰り返す 問題児ばかりであった。 不幸なことに、アボリジニ居住エリアとは 目と鼻の先であった。 囚人の国となる イギリス政府からは先住民とは友好的な 関係を保つように指示を受けていた。 従順な部族には衣服や食料を与えるなどの 懐柔政策がとられた。 一方、抵抗する部族は討伐した。 イギリス政府としては、 自由移民に土地を分け与え、 自営の 「農業国」を造る計画であった。 しかし、 到来するのはほとんどが囚人や軍人である。 荒くれ者の彼らは 公用地を私物化し、 富が偏在する 「囚人の国」となってしまった。 dailyexaminer. com. ところが、 アボリジニの居住地に居座り続けて 土地や水を奪いはじめる。 激しく抵抗したインディアンとは違い、 アボリジニは戦闘を好まないため、 ほぼ一方的に迫害された。 報復合戦 アボリジニは強姦や殺人を犯した 張本人である白人のみを攻撃した。 しかし、 白人たちは家畜1頭盗んだだけで、 1人殺されただけで、 部族全体を虐殺した。 白人の銃に劣勢であったアボリジニは ゲリラ戦や奇襲攻撃を展開する。 こうして報復合戦が始まった。 blogspot. 入植してきた白人にとって、 人類以前の 「類人猿」との認識であった。 流刑囚は スポーツハンティングとして、 アボリジニを狩りまくった。 comより引用 週末は 「アボリジニ狩り」なる スポーツハンティングが流行していた。 もはやカンガルー狩りと同じ感覚であった。 頭部のコレクションなどもあった。 「今日はアボリジニ狩りにいって17匹をやった」 「オレはウサギ3匹、アボリジニ2匹w」 こんな日記が山ほど残っている。 虐殺者たち 集落の井戸に毒を入れたり、 毒入りの小麦粉も配られた。 崖から突き落としたり、 獰猛な狩猟犬に食い殺させた。 家畜扱いされた黒人すら、 まだマシとも思える扱いである。 鬼畜たち 赤ん坊を首だけ出して埋め、 蹴って 首を遠くに飛ばす競争をした。 それを目の前で見させられていた親は どういう心境だったであろうか。 ナチス顔負けの鬼畜である。 fehrplay. 羊毛が漁業を上回り 輸出額の半分以上となる。 牧羊には 広い土地が必要であった。 当然、アボリジニとの抗争となる。 australiangeographic. com. 次々と金鉱が発見され、 世界中から人が集まった。 金鉱の開拓でもアボリジニの居住地を犯し、 抗争の火種となった。 そこで邪魔なアボリジニを 保護政策という名の 強制移住により、 食糧事情の悪い島に収容させて 多数の死者を出した。 保護政策 保護の名目で集められたアボリジニは 畜舎に詰め込まれ、賃金も与えられず、 水も食料も満足に与えられず、 小麦やタバコなどの生産に従事させられる。 もはや 保護されている身で餓死するような環境であった。 19世紀後半 オーストラリア全土の植民地化が完了。 僻地にいるごく一部のアボリジニが 部族生活を続けているだけとなる。 アボリジニを車で轢いても 物損事故。 逮捕後は 裁判ナシで処刑された者もいた。 20世紀前半 同化政策がはじまった。 政府が新生児を取り上げ、 白人夫婦のもとで育てさせる。 これによって アボリジニ文化は消滅し、 イギリス人化すると考えられた。 この政策は 1980年まで続いた。 abc. net. 奪われた世代 映画「 Rabbit Proof Fence」より引用 親元から引き離された子供たちは 「奪われた世代」と呼ばれる。 アボリジニの文化を消滅させることを目的に 子供を 劣悪な強制収容所に送り込んだ。 親から数百km、数千kmも離れた場所で 監獄ともいえる環境で育てられた。 男児の奴隷化 農場などであれば労働力として利用された。 しかし、 役人などにとっては何の役にも立たない。 壁に叩きつけて殺された。 たしかに、 マトモな夫婦も大勢いただろう。 しかし、 10%ほどひどい夫婦がいたことも事実である。 当のオーストラリア人が 「政府がそんな残酷なことするわけない」 といって信じていないことも大問題である。 大量の混血児 白人とアボリジニのハーフが 無数に産まれてきた。 混血児たちは白人家庭で 家族として扱われることはなく、 父親から捨てられた。 「進んだ文化で育つ権利がある」 政府が主導して白人家庭や寄宿舎で アボリジニの子供を育てる政策がとられた。 1920~30年、保護のという名目で 10万人もの混血児が親から引き離された。 実体は奴隷 農場労働者や使用人として教育するためであった。 youtube. オーストラリアのラッド首相が 30分にも渡る演説で 「お詫びする(sorry)」という謝罪の言葉を 6回繰り返した。 オーストラリアとは? オーストラリア大陸を中心とした独立国であるが、 イギリス連邦加盟国である。 エリザベス女王を国家元首としている。 10人に1人が白人至上主義者といわれる。 豪州人(オーストラリア人)による 白人至上主義を 「白豪主義」と呼ぶ。 afpbb. 彼らにとって、 黒人は家畜であり、 黄色人はサルである。 インディアンは害獣であり、 アボリジニは 狩りの対象である。 進化論がベース 人類の進化には段階があり、 アボリジニは石器時代の原始人、 白人がもっとも進化した人間という 認識であった。 「有色人種は人間にあらず」 白人は人類の最上位であるため、 アボリジニを殺害しても 罪にはならないという意識があった。 パレードだけでなく当然抗議もある。 sbs. com. アボリジニにとっては単なる 侵略記念の日でしかない。 白豪主義は生きている ホームステイ・留学・旅行などで オーストラリアで 遊んでただけの人間は、 「移民国家だから差別はない」 「差別を受けたことはない」 「捕鯨に反対するオージーは少数」 と 勘違いしている。 だいたい、 有色人のホームステイを受け入れる家庭が 差別主義のはずがない。 ところが、 何年も 働いた人間の意見は違う。 やはりオーストラリアは 白人社会であり、 人種差別をしない人間と同じくらい 人種差別をする人間は存在する。 庶民クラスの白人はフレンドリーでも 支配階級の白人は優越思想で成り立つ。 育ちのいい私立学校は白人がほとんど。 安い公立学校は有色人種が多い。 これが現実。 アジア人は格下 オーストラリアに住む白人の70%は 日本に良い印象を持っている。 日本人は礼儀正しいとの見解が多数派だ。 しかし、 20%は日本に悪い印象を持っており、 10%は劣等人種とみなしている。 しかし、 日本人も同類である。 日本以外のアジア人を格下に見ていないか? アジア人と結婚した人を見ても、 まったく 妥協した感を抱かないだろうか? 差別心など、 どこでも誰でも持っているのだ。 みんな「自分が一番かわいい」のである。 koryojournal. 乳製品・羊毛・小麦などがヨーロッパ市場から 締め出されてしまった。 asean. そのために、 今まで見下してきたアジア人から 印象を良くしなくてはならない。 まず身近な有色人種であるアボリジニに 謝罪するパフォーマンスが始まった。 この頃から親日家の オーストラリア人が発生しだす。 オーストラリアが アジア重視の政策をとるのは、 彼らが自ら歩み寄ったのではない。 単に 欧州から相手にされなかったから 仕方なくアジアを相手にし始めただけ。 2000年シドニーオリンピック 体を黒く塗った白人男女が 会場いっぱいに踊るパフォーマンス。 過去の虐殺は清算されて 現在は仲良くやってますよとPRしていた。 朝日新聞「民族融和、和解の証し」 アタマ大丈夫か? 文化は破壊されたまま 都市部では昼間から酔っぱらっていたり、 ドラッグにより目の焦点が合っていない アボリジニがうろついている。 英語が話せないので 失業者が多い。 日本のナマポのような補助金はあるが、 すぐ酒に変えてしまう。 アボリジニにとって、 エアーズロック(ウルル)は聖地である。 その聖地ウルルの周りには専用居住区がある。 hankyu-travel. phpより引用 そこにもアルコール中毒の アボリジニがうろうろしている。 アボリジニのアルコール中毒やドラッグ中毒、 自殺率の高さは 社会問題にまで発展している。 自分は囚人の子孫ではない 1800年まではイギリス囚人の流刑地。 1801年からは自由渡航。 もともとオーストラリア移民は 犯罪者がほとんどである。 「私の祖先は1800年以降の入植者です」 オーストラリア人は、 やたらと 犯罪者の末裔でないことを強調する。 seesaa. htmlより引用 アボリジニが強制移住させられた 多数の刑務所が「囚人遺跡群」として 2010年に世界遺産に登録された。 遺産と言っても 「負の遺産」であるが。 世界遺産(負)というカテゴリを新設すべきである。 seesaa. htmlより引用 石油が普及するまでは、 クジラの油は優れた燃料であった。 g-1. htmlより引用 プラスチック発明前は、 クジラのヒゲは弾力性に優れる素材であった。 昔…… 白人様「クジラなんか油とってポイ」 白人様「仕方ないね」 白人様「クジラなんかヒゲとってポイ」 白人様「仕方ないね」 現在は日本の調査捕鯨を 強く批判する立場である。 abc. net. reddit. sd43. 過去に人間を狩りまくったのだから、 野犬や家畜なんて、 殺した内にも入らないのだろうけど。 ちなみに、 オーストラリアにはエコテロ組織である シーシェパードを擁護する支持する政党がある。 wlpa. htmより引用 白人様の生活圏に侵入したり、 農業被害が多発。 商業目的で 520万頭の射殺を許可。 白人様「アボリジニ邪魔だから殺すわ」 白人様「仕方ないね」 白人様「ディンゴが家畜襲うから殺すわ」 白人様「仕方ないね」 白人様「カンガルー増えすぎたから殺すわ」 白人様「仕方ないね」 日本人『クジラ増えすぎたから殺すわ』 白人様「ジャアァァアアァアップ!!!!」 アメリカ大陸における、 インディアン虐殺との共通点は多い。 人間貧困になったらより弱者をいじめる 金持ちは自分には何も責任がないと言って 弱者同士を争わせる手法 仕事に就けない人には目で見せ手で教える しかし機械化情報化の波でそれすらも間に合わない AIで高学歴な大卒も必要ない時代 弱者の味方共産主義国家でさえ 少数民族を影で笑い政治や教育の場から排除してきた ソ連での中心はほぼスラブ系中国ではほぼ漢民族 最後の希望の宗教さえ互いの教義の違いで 異端と罵りあい共に何かをしようとしない 人工知能が発達すれば人材はゴミクズで家を失い、 窃盗や強盗が起こり刑務所は満員で 今度は世界中の職にあぶれた人類を 宇宙の外にでも捨てるつもりか そうやって白人を差別する事も 結局は自分自身を窮地に追い込む事になる.

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アボリジニ

アボリジニ 狩り

オーストラリア先住民族アボリジニがひどい扱いを受けてきて、今もその考えが根強いことをご存知でしょうか? イギリス人が1788年にオーストラリアを囚人流刑のための植民地と宣言し、それから白人文化が広がり、 4~5万年前からその地で暮らしていたアボリジニは住む場所を奪われ、厳しい差別を受けることとなります。 19世紀末頃にはゴールドラッシュで世界中からの移民があり、それをきっかけに移民を制限する法律ができ、白人中心の考え方である白豪主義が強くなりました。 1901年にはオーストラリア連邦が成立し、イギリスから独立しました。 現在オーストラリアは白人以外の移民も多く受け入れ多文化主義を推進しています。 虐待、虐殺されたアボリジニ 植民地化でどのような扱いを受けたかというと、まず人類以前の類人猿とみなされ、スポーツハンティングという名の虐殺が行われました。 1828年には、開拓地に入るアボリジニをイギリス人兵士が自由に捕虜、そして殺害する権利を認める法律さえ施行されました。 これにより、アボリジニの人口は90パーセント以上減少することとなります。 1869年から1969年の間には、 アボリジニの子供や混血児は環境の良いところでの教育を与えるという名目で、数万人が親の了承なしに引き離され、実際は強制腫瘍所や孤児院等に押し込まれました。 この隔離施設では保護を放棄されたり、虐待を受けたり、遺棄された者もいました。 これはアボリジニを根絶やしするための政策でした。 なくならないアボリジニへの偏見 2008年の議会では、政府がアボリジニに対して初めて公的に謝罪したり、土地や公的扶助を与えられたりと表向きは状況が良くなっているように思われます。 しかしながら、やはり 長期にわたる考え方はなかなか変えることは難しく、未だアボリジニに対する偏見は少なからず残っており、失業率もその他のオーストラリア人と比較すると数段高く、リストラもアボリジニが最初の対象になると言われています。 公的扶助を与えられ堕落して見えるアボリジニに対してオーストラリア人は不満を持ち、就業やその他の扱いで不利となるアボリジニは更に堕落しホームレスや貧困にあえぐ等、これではお互いに良い印象を持てるはずがありません。 収監されるアボリジニ 2011年の報道によると、収監されるアボリジニの数が過去10年間で50パーセント以上増え、刑務所に収監される数の4分の1にものぼることが明らかになりました。 アボリジニの人口はオーストラリアの人口の3パーセントにしか満たないということを考慮すると、非常に大きな数となります。 ちなみに、 アボリジニに飲酒の文化は元々ありませんでしたが、白人により持ち込まれた酒に溺れている人が多いようです。 アボリジニは遺伝的にアルコール耐性が非常に低く、アルコールを分解する酵素が全然ないか極端に少なく、少量のアルコールでも泥酔してしまうという報告もあります。 このアルコール依存症も社会問題にもなっています。 アボリジニに対してとっている行動は1950年代のアメリカのようだ。 彼らのほとんどが極めて貧困の暮らしをしていて、実際に私がアボリジニのコミュニティーに足を運んだ時、第三世界(発展途上国)のようだった。 人里離れたところに住むアボリジニは多額の補助金を受け取っているから貧しいとは言えない。 アボリジニの問題は世界中の様々な場所で見られるいくつかの民族グループに対する差別と同じ。 インドのアディヴァシ、日本のアイヌ、ヨーロッパのロマ、アメリカの黒人等々。 ただ一つの違いは、オーストラリア人はアボリジニに対する偏見を述べるときに何も良心が傷まないこと。 でもアボリジニのほとんどがアボリジニ以外の人と結婚しているのだから、偏見とは呼べないのでは。 他の国でも先住民族の土地と命を奪ってきた。 多分オーストラリアではそれが明らかになっているだけ。 アボリジニのしてしまった過去の悪行は効果の上がらない事情があったはずで、土地を与えるという政府の約束は守られるべきである。 アボリジニは白人が大陸を見つける前までお金や税金の制度もなく長い間生き抜いてきた。 だから何も政府に求めていないのでは。 アボリジニの一部は平和を求めていてただ自身たちの文化に介入せずそっとしておいてほしいのでは。 政府がアボリジニの求めるように土地を与え、守るべき。 土地がどんどん狭くなっていていることはさておき、アメリカの先住民族と同じだ。 様々な介入により伝統を守っていくことは困難に思える。 アボリジニに土地を返し、どのように建物の資材を集め建物を建てるかを見てみたい。 きっと驚くようなことが起きるはず。 それこそがアボリジニの伝統。 アボリジニの存在を初めて知った。 テレビでも見たことがなかった。 今から人口がどのくらいいるのか等を調べたい。 オーストラリア人のアボリジニへの扱いはひどい。 私の祖先は有罪となりイギリスからこの国にやってきた。 アボリジニは苦しめられ、品位も子供たちも奪われてしまった。 アボリジニは何の権利も持っていない。 未だ認められたいと戦っている。 白人が奪っていないものは、アボリジニの力強い文化である。 今ではスポーツやドラマやメディアと様々な方法で文化を表現している。 オーストラリアはもう二度と過去の失敗を繰り返してはならないし、アボリジニがオーストラリアにいることを誇りに思うべきだ。 ヨーロッパ人は肌の色の黒い人々を嫌うものだ。 だからアボリジニを公平に扱ったりしないだろう。 (黒人) 数年前にアリススプリング(アボリジニの聖地)を訪れたことがある。 そこでアボリジニのありさまを見て悲しくなった。 私が見たすべてのアボリジニは臭く、住む家もなく、けんか腰で酔っ払っていた。 でも元々彼らの家であったところに建った町であることを考えると、暮らしも文化も奪われてしまったのだろう。 多分彼らの多くが未来の望みを失い、他に生きる意味を見いだせないのだろう。 でも他の都市ではもっと良い状況だったし、すべてのオーストラリア人が不公平に扱っているわけではない。 もちろん、全体的にはひどい扱いをされているが。 カナダでもアメリカでも先住民族は公平な扱いを受けてはいない。 ヨーロッパ人は彼らの土地を奪っておいて、公平に扱ったりするだろうか。 オーストラリア人は本当の犯罪者だからアボリジニを完全なごみのように扱う。 今オーストラリア人が自分たちを人種差別国ではないとどのように主張しているかについての本を読んでいる。 でも2年間住んだことがあるが、やはり彼らは人種差別国だと思う。 白人のオーストラリア人はアボリジニを支配しており、そまつに扱っている。 そのために仕事や住宅を得ることが難しく、空腹に耐えかねて食べ物を盗むことになるのだが、それをすべてのアボリジニがしていると捉えられ、悪だとみなされる。 人種差別はどこにでも存在する。 アメリカでも同様。 黒人は皆同じことをすると捉えている人が存在する。 オーストラリア人が同じ考えかは分からないけど。 アボリジニは不当な扱いを受けていて、大多数の人が気にもかけていない印象。 アボリジニの扱われ方を聞くと悲しい。 アボリジニのおかげで今のオーストラリアがあり、独特の国となった。 アボリジニがいなくなるとただの白人の国になってしまうのでは。 オーストラリア人はアボリジニから土地を奪い、ごみのような存在として扱っている。 胸が苦しくなるし、信じられない。 オーストラリア人の行動は間違っているし、恥じるべき。 以前オーストラリアのドラマを色々と観たけれど、アボリジニは全然出演していなかった。 これは大きな問題でどのように言ってよいのか分からない。 でも、アボリジニが政府から与えられたものを無駄にしているのは残念に感じる。 過去の過ちはどこの国でもあることだと思います。 先祖のしたことを償いきることはできません。 しかしながら、過去の事にこだわり過ぎず、 新しい考えをお互いに持ってほしいと思います。 オーストラリア人の先住民族に対する差別の目は、代々受け継がれてきているため厳しそうですが、お互いを尊重しつつ共存のできる未来を望みます。 yahoo. yahoo. yahoo. yahoo. answers. yahoo. answers. yahoo.

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アボリジニの問題。援助金を酒や薬物に。

アボリジニ 狩り

さまざまな形状があるが、「7」の字型をしたものが多い• カンガルーやブッシュ・ターキーを倒すために使用された• 断面は飛行機の垂直尾翼に近い形状で、かなりの殺傷能力をもつ ものです。 投げ方でいえば、7の時の下の部分を握って水平に投げるものです。 投げれば投げっぱなしで戻ってくることはありません。 中野によると、大きいものでは1メートル前後あり、 狩猟用具というより振り回すことを目的とした 格闘用武器に近いです。 つまり、ノンリターン・ブーメランは鉄器をもたない アボリジニが硬質のユーカリで作り出した鋭利な刃物といえるでしょう。 1-1-2: リターン・ブーメラン そして、リターン・ブーメランとは、• 「く」の字型のブーメラン(実際には一辺がもう一辺より長く、「へ」の字型に近い)• 暑さは5ミリ以下で、断面は飛行機の主翼のようになっている(下面は水平で、上面はふくらみがある) ものです。 広く知られているように、 「く」の字型のブーメランは アボリジニの狩猟用具です。 幅の観点からいえば、• ほっそり型・・・物差しを二本組み合わたように外縁と内縁が平行なもの• ずんぐり型・・・両端部にいくにしたがって細くなるもの の2種類があるようです。 中野は「く」の字型のブーメランにとても感心していたようで、次のような記述を残しています。 この「く」の字型のブーメラン、見れば見るほどよくできている。 断面のなすみごとな航空力学的形状はいうにおよばず、両翼の長さに若干のズレを与え、それにより空中での回転に偏心を出させるなど、この種の木製武器、いや金属製武器と比較しても、まさに大発明である。 中野 1985『アボリジニーの国』(中公新書, 168頁) そして、このパラグラフの最後に、「何世紀にわたる試行錯誤を繰り返し、ついに到達したこの物理学的アイデアは、脱帽に値する」(同書, 168頁)と惜しみない賞賛をおくっています。 1-2: アボリジニのブーメラン:儀礼用 そして、儀礼用のブーメランですが、• 形や大きさは極めて多様である• 一般的に、さまざまな装飾がほどこされている ものです。 博物館などで展示されているブーメランは、幅5センチ、長さ40センチ、厚さ5ミリぐらいのものが多いです。 部族儀礼の際には、 ディジュリドゥーと合わせてリズムをとる拍子木のように活用されます。 このようにみると、 アボリジニのブーメランと一言でいっても、用途も形状もさまざまなタイプがあるとわかると思います。 1-3: アボリジニのブーメランの投げ方 驚くべきことに、中野はブーメランの投げ方に関しても記述しています。 具体的に、投げ方については次のような記述があります。 「く」の字型の一端を持って、リーディング・エッジを前方に向けて野球のオーバースローで前上方に投げるのだが、この角度がむずかしく、サイドスローになってはいけない。 角度がまずいと、帰ってくるブーメランが高すぎたり低すぎたりする。 初心者はまずここで苦労させられる。 中野 1985『アボリジニーの国』(中公新書, 172頁) 投げたブーメランは投げた人に戻ってきますから、それを「真剣白羽取りを横にしたような手つきで、肩の力を抜き、胸のあたりでぱっとはさんでとる」(同書, 172頁)必要があります。 このような説明をしていますが、「いうはやすし」です。 実物のブーメランをもっている方は、ぜひ鍛錬を積んでください。 オーストラリア大陸の東部、東南部、西南部の非常に狭い地域でのみ、「く」の字型のブーメランは使用されていた• 他の地域にもブーメランは存在したが、それらの地域ではノンリターン・ブーメランしかない。 しかも、殴打用の武器として主に使用されていた といいます。 そのため、中野は別の書物で、「く」の字型のブーメランについて「本格的な狩猟用具だったとは思えない。 狩猟に使われていたとしても、補助的なものでしかなかった」と述べています。 (中野 1993「アイデンティティ-の核を見失ったアボリジニ- オ-ストラリア先住民 —ブ-メラン文化かエコロジ-か—拡散する運動の焦点」世界週報 74 24 , 41頁を参照) その点を考えると、現代において実際に使用されることはないことも、 ブーメランによる狩猟経験のある人が恐らくいないことも当然の成り行きに思えます。 2-2: 社会運動における伝統文化の復活 しかし、興味深いのは ブーメランやディジュリドゥーがアボリジニのシンボルとして社会運動の際に採用されたということです。 都市や辺境に住むアボリジニの運動が盛り上がった1960年代、若者の間でブーメランやディジュリドゥの練習をする者が増えたといいます。 「なんて本質的なアイデンティティなんだ!」 と思う方もいるかもしれません。 たしかに、過去と直線的につながるアイデンティティは、しばしば「」と揶揄されます。 しかしより重要なのは、 1960年代のオーストラリアという局面(moment)において、本質主義的な民族的アイデンティティが、社会的権利を主張する運動で有効だったということです。 事実、そのような「先住民」としてのアイデンティティから、アボリジニはこれまで否定されてきた社会的権利を獲得することができました。 学生・勉強好きにおすすめのサービス 一部の書籍は「耳で読む」こともできます。 通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。 最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。 また、書籍を電子版で読むこともオススメします。 Amazonプライムは、1ヶ月無料で利用することができますので非常に有益です。 学生なら6ヶ月無料です。 数百冊の書物に加えて、• 「映画見放題」• 「お急ぎ便の送料無料」• 「書籍のポイント還元最大10%(学生の場合)」 などの特典もあります。 学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。 まとめ 最後にこの記事の内容をまとめます。

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