激 レア さん を 連れ てき た 木村 昴。 木村昴が激レアさんに!ジャイアンやヒプマイのエピソードを語る!

[激レア]ヤザワさんは矢澤亜希子で旦那(夫)は?バッグギャモンの年収や経歴も!

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木村昴プロフィール 名前:木村昴(きむら すばる) 本名:昴・ミュハエル・バーチュ 生年月日:1990年6月29日 出身地:ドイツ・ザクセン州 血液型:O型 身長:183㎝ 事務所:アトミックモンキー 好きなもの:コーラ ディズニーランド 木村昴さんの名前の由来は、祖母が名付け親で、谷村新司さんの『昴』から命名されたそうです。 ご自身も『昴』の曲を自身のテーマソングにするほどのお気に入りとされています。 木村さんは、まだ29歳なんですね! 落ち着いていらっしゃるので、もうすこし上の年齢に思っていました。 スポンサードリンク 木村昴の経歴は? 木村昴さんは、父親がドイツ人、母親が日本人で、ドイツで生まれ育ち、7歳の時に家族を共に日本に来ました。 とても目立ちたがり屋で、人気者だった木村さんですが、日本語がほとんど話せなかったため、学校のクラスで馴染めなっかたそうです。 その後、児童劇団に妹と一緒に所属。 11歳の時には、ミュージカル『アニー』のオーディションに合格したそうです。 父はオペラ歌手、母は、声楽家という芸能エリート家庭に生まれ育ったことから、芸術にふれる生活だったことがうかがえますね。 妹さんも女優さんとして活動されているそうです。 中学2年生の時に『ドラえもん』の声優のオーディションを知り、「これを受けたら目立てる!」と記念受験したところ、見事合格! ジャイアン役を勝ちとった木村さんは、毎晩、河川敷で、ジャイアンの声の練習をされていました。 とても努力家なんですね。 ジャイアンの声優は記念受験をして合格されたことによることが、きっかけだったと知り 本当に驚きました。 ジャイアンの声を担当してからの木村さんは、本格的に声優のお仕事に力を入れるようになりました。 スポンサードリンク 木村昴はなぜラップが上手なのか? 木村さんは、大のラップ好きとしても有名で、『ヒプノシスマイク』としても活動されています。 なぜラップが好きになり上手になられたのでしょうか? 木村さんが小学校1年生の時に母親にドイツ語のヒップホップCD「TIC TAC TOE」を買ってもらい、それ以来、ヒップホップに夢中になります。 高校生の時には友人達とヒップホップユニットを結成し、毎日学校で、ダンスやライブ、ラップバトルをしていたそうです。 少年時代の夢は将来、ラッパーになりたいという夢があったそうです。 少年の頃よりいろんなルーツを考えるのが好きだたとのことで、ヒップホップミュージックにおいても「これは面白いな!」と夢中になっていったんだとか。 ラップにより興味を持つようになって、図書館で本を読んだりして背景を調べてみたんです。 そしたら、黒人差別がラップの生まれた背景にあって、差別されている自分たちを解放するために生まれたカルチャーだった。 貧困を抜け出すために、暴力ではなく、技術で戦う。 平和を歌ったアーティストはたくさんいましたけど、僕は「ラップが一番平和じゃないか! 」と思って、衝撃を受けました。 この人たちのメッセージをもっと知りたくなったんです。 少年時代から好きだったということで、どんどん上達していかれてのでしょうね! 木村昴の年収は? 木村さんは一体、いくらくらいの年収がおありなのでしょうか!? 声優の年収には格差があり、仕事量などによって大きくかわってくるようです。 声優さんの平均年収はおよそ、350万円だそうです。 (個人調べ) デビュー20年以上の人気声優だと1000万円を超えるようです。 名探偵コナンの声優、林原めぐみさんで、推定年収7000万円あるといわれています。 木村さんは、とてもマルチに活躍されていますので、声優の平均年収である、350万円よりは超えられているのではないでしょうか。 まだ20代の木村さんですので、今後もどんどん活躍されていくに伴い、年収の方もアップされていかれることが推察されます。 スポンサードリンク 木村昴に彼女はいる?結婚は? 木村さんは現在ご結婚はされていません。 彼女がいるかどうか調べてみましたが、情報がみつかりませんでした。 以前、番組で彼女がいるとお話しされていたこともありますが、約9年前ぐらいのことなので現在はわかりません。 木村さんの好きなタイプは、黒髪ストレート 小顔で丸顔。 目がパチッとしている、 女性のファッションにこだわりはないそうです。 最後に 声優や音楽活動にと、とてもバイタリティ溢れる木村さん ジャイアンもヒプノシスマイクも、応援しています! 『激レアさんを連れてきた』に出演された、木村昴さんについて記載しました。 最後までお読みいただきありがとうございました。 スポンサードリンク.

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特殊すぎるジャニーズ・ふぉ~ゆ~&声優・木村昴が出演「激レアさんを連れてきた。」今夜放送 | ガジェット通信 GetNews

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2019年9月21日放送の『激レアさんを連れてきた。 』を観ました 今回の激レアさんは「全く声優志望ではなかったのに、中2で国民的アニメキャラクター 「ジャイアン」の声優に合格しちゃって、その運命に翻弄された人、キムラさん(木村昴さん)」です。 国民的アニメと「ジャイアン」で、すぐに木村昴さんってわかりますね。 きっといろいろとご苦労があったように感じます。 本日は『激レアさん』の特番もありましたが、こちらは通常回です。 弘中アナ、特番と通常回もあり、『激レアさん』を連続で休まず放送されていますから、フリップ書いたり、プレゼンを考えたり大変でしたね。 本当に凄いなぁと感心してしまいます。 吉岡里帆さん• 声優志望でもなんでもなかったキムラ少年• 2005年『ドラえもん』の声優総入れ替えが行われた。 ドラえもん、のび太、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫の5人の声優入れ替えの大規模オーディションだった。 大物声優もオーディションに参加したという歴史的オーディションだった。 ジャイアンの声に合格したのが、声優未経験の14歳の素人少年。 声優になりたいと思っていなかった。 マンガも読まず、アニメもほとんど見ておらず、唯一知ったのが『ドラえもん』。 現在は ジャイアン歴も15年! もう15年になるんですね。 先代のイメージが強い世代ですけど、15年もやっていれば十分浸透しているわけです。 やはり愛されるキャラ作りをされているからこそ、人気が続いているんですよね。 キムラさんの生い立ち• 父はドイツ人でオペラ歌手。 母は日本人で声楽家。 両親の影響で音楽の英才教育で育つ。 キムラさんは超目立ちたがり屋の性格。 小学1年の時にドイツから日本へ移住。 ドイツを離れる時のお別れパーティーが街中を馬車でパレードするという盛大な見送りだった。 同級生もそれぞれ馬車に乗せ、学校に桜に木を植えたという派手さ。 日本に来たが日本語は全く話せなかった。 HIP HOPで日本語を学んだ。 スチャダラパーやEAST ENDから。 日本語を覚えたキムラ少年は、子役タレントが所属する児童劇団に入団し、ものまね番組で人気を博した。 羽賀研二のものまねだった。 ミニミニ羽賀研二と言われていた。 日本語覚えたてのキムラ少年は友達との距離を縮めるために、公衆電話に貼られていたせくしぃなチラシを取ってきて友達に配っていた。 それで仲良くなった。 キムラさんボンボン! 若林さんが「お金持ちのジャイアンは最悪ですね」とナイスな例えをされてました! 目立ちたがりの木村少年は児童劇団に入っていたんですね。 知らなかったです。 中2の時『ドラえもん』声優一斉オーディションを受ける• 中2の時。 『ドラえもん』声優一斉オーディションを知ったキムラ少年は、『ドラえもん』はみんなが知っているので、 オーディションを受けたらめちゃくちゃモテると思った。 それがキッカケ。 『ドラえもん』声優オーディションには 590名の応募があり、約900本のテープが届いた。 1人で複数の役に応募が出来た。 5役全て受けた人もいた。 キムラ少年がジャイアン役で応募したのは、1番性格が近く、1番好きなキャラクターだった。 「俺しずかちゃん受けたぜ」と言うのも熱いなと思ったりもしたキムラ少年。 オーディションに応募をするとオーディション用の台本が届き、それだけで興奮していた木村少年は、声を吹き込んでテープ審査を提出。 この時点で、ジャイアン役に応募出来たため、キムラ少年の中では大満足だった。 友達にオーディションを受けたという自慢が出来ればよかった。 だが、一次審査合格!話のタネが出来たと喜ぶ。 二次審査合格者は48名、ジャイアン役の候補者は8名。 二次審査では、大人しかいなかった。 キムラさんは自分が合格したので、みんなも子役で、みんな素人だと勝手に思っていた。 ここでようやく、事の重大さがわかった。 声優は激戦ですもんね。 若林さんが 「ほぼ終身雇用だもんね」と指摘してました。 『ドラえもん』は終わらないですよね、きっと。 弘中アナも 「一生安泰」と言ってました。 『ドラえもん』オーディションの流れ• オーディションでは、先代のモノマネではなく、自分自身のジャイアンを演じるようにと指示される。 さらに二次審査のアフレコでは、経験がないため、マイクを無視して舞台のように動きながらセリフを言ってしまった。 それなのに、二次審査を合格し、最終審査へいくことになった。 最終審査は各役1人ずつの5名。 これは5人でやってみてしっくりこなかったら、オーディションは1からやり直しになるというものだった。 プレッシャーで押しつぶされそうになる木村少年を救ったのが、 エミネムの「Lose Yourself」。 最終審査では厳しい指摘を受けるも、合格!途中審査員からは 100点中7点と言われていた。 若林さんが 「たまにあるよね。 腕のある芸人だけを集めてもそんなに面白くない番組」と毒を吐いてました。 どの番組のことなんでしょう? 『ドラえもん』のオーディションの映像が流れました! 凄い! こんな感じでオーディションするんですね。 関さんがいた!! ジャイアン役は険しい茨の道だった• オーディション合格から世間への情報解禁まで2ヵ月あった。 家族を含めて一切口外禁止という厳しい制約があった。 2ヵ月の間にジャイアン役を完成させなければならなかったが、家でも学校でも練習出来なかったため、河川敷で特訓していた。 河川敷には人が全然いなかった。 情報解禁になった時、やるしかないと腹を括った。 「僕は今日から剛田武として生きていく!」• 2ヵ月の間に新生メンバーでお稽古があった。 キャラクターを固めていく作業が続くと、自分のジャイアンに自信がなくなってしまう。 声を高くするとスネ夫っぽくなるし、無理してダミ声を出すと先代のたてかべ和也になってしまい、悩んでいた時期。 さらにスネ夫役の関智一さんからの当時の話。 「ドイツ人とのハーフなので結構訛っていた」のび太が「ノヴィタ」になっていた。 2005年4月15日にキムラ少年が演じるジャイアンが全国放送された。 当時は嬉しくもあったが、 しっくりこないという気持ちが強かった。 世間からもディスられた。 前の方がいいとか、観るのをやめようかなど。 そこでキムラ少年は 初代ジャイアンのたてかべ和也さんに会いに行く。 目的は「ジャイアンの演じ方」。 普通声優に聞くのはタブー。 その人の技術なので、演じ方を聞くものではない。 たてかべさんからの言葉は 「ジャイアンは豪快なヤツだから思いっきりやればいいよ」と言われるだけ。 具体的な演じ方を教えて欲しかったキムラ少年。 若林さんがたてかべさんと木村少年の感じが『ベスト・キッド』と言ってました。 なるほど~。 声優というものを知らず、アニメや漫画とも無縁だったキムラさんには、確かに教えて欲しいところではありますよね。 さらなる試練はジャイアンの歌問題• ジャイアンは日本一の音痴キャラ。 キムラ少年は両親が音楽家ということもあり、音感はばっちり!音痴に歌うのは難しかった。 音を外すだけではダメ、リズムも合ってはいけない、そうなると歌じゃなくなる。 どうすれば下手に歌えるのか悩むキムラ少年。 「音痴って何なんだろう?」• ここでまた たてかべさんにジャイアンリサイタルのコツを相談。 「ジャイアンは歌が大好きだからねぇ」と言われるだけ。 家が近所ということもあり、たてかべさんと食事に行く仲になる。 さらに毎年キムラさんの高校の学園祭にも来てくれた。 学園祭でたてかべさんを「先輩ジャイアン」として紹介したいと話すと、 「ジャイアンはもうお前のもの。 俺はでしゃばるマネはしたくない」と言われた。 それなのに、たてかべさんは体育館で「俺はジャイア~ン」と歌って、「本物だ!」と言われていた。 それを見たキムラさんは、 たてかべさんはジャイアン辞めた後も、全然ジャイアンだと悟る。 カッコいい!自分もそうなりたいと思った。 ジャイアンの声を演じて5年。 その時に 「今年小学生に上がる子どもたちはジャイアンの声は僕の声だ」と気づく。 最初の5年間は技術を学ぼうと頑張っていた。 でも、ジャイアンという役は口先のお芝居で演じるのは無理。 音痴をやるのではなく、楽しく歌えばいい。 たてかべさんは生き様のことを言っていたのかな、と気づいた。 キムラさんは「ジャイアンは歌が大好きで、気持ちよく楽しそうに歌っているところを表現したい」と思っている。 いい話でした。 たてかべさんとの交流もグッときましたし。 いい関係が築けてよかったですね。 これも中2の少年だったからこそなのでしょう。 現在は「ヒプノシスマイク」で念願のラッパーに!• ラッパーに憧れていたキムラ少年。 現在は男性声優12人がメインの音楽原作キャラクターラップソングプロジェクト 「ヒプノシスマイク」のラッパーとしても活躍!• 198の映画館と、台湾10館でライブビューイングが行われるほどの大人気プロジェクト。 小さい頃の夢を叶えたキムラさん。 ラッパーの夢の話を唯一話していたのが、スネ夫役の関智一さん。 本当は上手いんだから。 ここでは歌が下手な役だけど、やったら楽しいよというのはだいぶ前から話していたので、家族のような気持ちで何でも応援するよっていう感じで見守ってました。 大原めぐみさん:まさかこんなにラップで飛躍するとは思ってもみなかったので、ドームとかでライブやれちゃうぐらいの本当のスーパースターになってしまって。 なんか遠い存在になっちゃったなぁってちょっと寂しい気持ちもあります。 水田わさびさん:ラップはラップでもっともっとたくさん。 ラップももっと上にいくだろうし、他にもたくさん彼はいっぱい叶えていくんだと思います。 親戚のおばちゃんなんで、私、ドラえもんファミリーだから。 ちょっと小うるさいおばちゃんですけど、ずっと見守っていきます、彼を。 関智一さん:「ラッパーになりたい」ってずっと言ってました。 高校生ぐらいの頃。 着実に言ったことは叶えていってるので、スゴイなと思います。 「キムラくん、これからはラッパーとして頑張っていってください。 でも、『ドラえもん』だけはよろしくお願いします!」 関さんの言葉を聞いて、普段はこういうことを言わないと少し照れてました。 田中さんが スネ夫にだけ早めに打ち明けることを指摘すると、 「1番喋りやすい!」とジャイアンモードで話してました。 いい兄貴なのでしょう。 113)でした。 若林さんのラベリング発表後、「光栄です」とすごく喜んでいたキムラさん。 終始人柄の良さが表れてました。 映画のカッコいい方のジャイアンって感じでしょうかね。 個人的には関智一さんが観れて嬉しかったなぁ。

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木村昴の経歴や昔(若い頃)の写真は?中学や高校は?

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2019年9月21日放送の『激レアさんを連れてきた。 』を観ました 今回の激レアさんは「全く声優志望ではなかったのに、中2で国民的アニメキャラクター 「ジャイアン」の声優に合格しちゃって、その運命に翻弄された人、キムラさん(木村昴さん)」です。 国民的アニメと「ジャイアン」で、すぐに木村昴さんってわかりますね。 きっといろいろとご苦労があったように感じます。 本日は『激レアさん』の特番もありましたが、こちらは通常回です。 弘中アナ、特番と通常回もあり、『激レアさん』を連続で休まず放送されていますから、フリップ書いたり、プレゼンを考えたり大変でしたね。 本当に凄いなぁと感心してしまいます。 吉岡里帆さん• 声優志望でもなんでもなかったキムラ少年• 2005年『ドラえもん』の声優総入れ替えが行われた。 ドラえもん、のび太、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫の5人の声優入れ替えの大規模オーディションだった。 大物声優もオーディションに参加したという歴史的オーディションだった。 ジャイアンの声に合格したのが、声優未経験の14歳の素人少年。 声優になりたいと思っていなかった。 マンガも読まず、アニメもほとんど見ておらず、唯一知ったのが『ドラえもん』。 現在は ジャイアン歴も15年! もう15年になるんですね。 先代のイメージが強い世代ですけど、15年もやっていれば十分浸透しているわけです。 やはり愛されるキャラ作りをされているからこそ、人気が続いているんですよね。 キムラさんの生い立ち• 父はドイツ人でオペラ歌手。 母は日本人で声楽家。 両親の影響で音楽の英才教育で育つ。 キムラさんは超目立ちたがり屋の性格。 小学1年の時にドイツから日本へ移住。 ドイツを離れる時のお別れパーティーが街中を馬車でパレードするという盛大な見送りだった。 同級生もそれぞれ馬車に乗せ、学校に桜に木を植えたという派手さ。 日本に来たが日本語は全く話せなかった。 HIP HOPで日本語を学んだ。 スチャダラパーやEAST ENDから。 日本語を覚えたキムラ少年は、子役タレントが所属する児童劇団に入団し、ものまね番組で人気を博した。 羽賀研二のものまねだった。 ミニミニ羽賀研二と言われていた。 日本語覚えたてのキムラ少年は友達との距離を縮めるために、公衆電話に貼られていたせくしぃなチラシを取ってきて友達に配っていた。 それで仲良くなった。 キムラさんボンボン! 若林さんが「お金持ちのジャイアンは最悪ですね」とナイスな例えをされてました! 目立ちたがりの木村少年は児童劇団に入っていたんですね。 知らなかったです。 中2の時『ドラえもん』声優一斉オーディションを受ける• 中2の時。 『ドラえもん』声優一斉オーディションを知ったキムラ少年は、『ドラえもん』はみんなが知っているので、 オーディションを受けたらめちゃくちゃモテると思った。 それがキッカケ。 『ドラえもん』声優オーディションには 590名の応募があり、約900本のテープが届いた。 1人で複数の役に応募が出来た。 5役全て受けた人もいた。 キムラ少年がジャイアン役で応募したのは、1番性格が近く、1番好きなキャラクターだった。 「俺しずかちゃん受けたぜ」と言うのも熱いなと思ったりもしたキムラ少年。 オーディションに応募をするとオーディション用の台本が届き、それだけで興奮していた木村少年は、声を吹き込んでテープ審査を提出。 この時点で、ジャイアン役に応募出来たため、キムラ少年の中では大満足だった。 友達にオーディションを受けたという自慢が出来ればよかった。 だが、一次審査合格!話のタネが出来たと喜ぶ。 二次審査合格者は48名、ジャイアン役の候補者は8名。 二次審査では、大人しかいなかった。 キムラさんは自分が合格したので、みんなも子役で、みんな素人だと勝手に思っていた。 ここでようやく、事の重大さがわかった。 声優は激戦ですもんね。 若林さんが 「ほぼ終身雇用だもんね」と指摘してました。 『ドラえもん』は終わらないですよね、きっと。 弘中アナも 「一生安泰」と言ってました。 『ドラえもん』オーディションの流れ• オーディションでは、先代のモノマネではなく、自分自身のジャイアンを演じるようにと指示される。 さらに二次審査のアフレコでは、経験がないため、マイクを無視して舞台のように動きながらセリフを言ってしまった。 それなのに、二次審査を合格し、最終審査へいくことになった。 最終審査は各役1人ずつの5名。 これは5人でやってみてしっくりこなかったら、オーディションは1からやり直しになるというものだった。 プレッシャーで押しつぶされそうになる木村少年を救ったのが、 エミネムの「Lose Yourself」。 最終審査では厳しい指摘を受けるも、合格!途中審査員からは 100点中7点と言われていた。 若林さんが 「たまにあるよね。 腕のある芸人だけを集めてもそんなに面白くない番組」と毒を吐いてました。 どの番組のことなんでしょう? 『ドラえもん』のオーディションの映像が流れました! 凄い! こんな感じでオーディションするんですね。 関さんがいた!! ジャイアン役は険しい茨の道だった• オーディション合格から世間への情報解禁まで2ヵ月あった。 家族を含めて一切口外禁止という厳しい制約があった。 2ヵ月の間にジャイアン役を完成させなければならなかったが、家でも学校でも練習出来なかったため、河川敷で特訓していた。 河川敷には人が全然いなかった。 情報解禁になった時、やるしかないと腹を括った。 「僕は今日から剛田武として生きていく!」• 2ヵ月の間に新生メンバーでお稽古があった。 キャラクターを固めていく作業が続くと、自分のジャイアンに自信がなくなってしまう。 声を高くするとスネ夫っぽくなるし、無理してダミ声を出すと先代のたてかべ和也になってしまい、悩んでいた時期。 さらにスネ夫役の関智一さんからの当時の話。 「ドイツ人とのハーフなので結構訛っていた」のび太が「ノヴィタ」になっていた。 2005年4月15日にキムラ少年が演じるジャイアンが全国放送された。 当時は嬉しくもあったが、 しっくりこないという気持ちが強かった。 世間からもディスられた。 前の方がいいとか、観るのをやめようかなど。 そこでキムラ少年は 初代ジャイアンのたてかべ和也さんに会いに行く。 目的は「ジャイアンの演じ方」。 普通声優に聞くのはタブー。 その人の技術なので、演じ方を聞くものではない。 たてかべさんからの言葉は 「ジャイアンは豪快なヤツだから思いっきりやればいいよ」と言われるだけ。 具体的な演じ方を教えて欲しかったキムラ少年。 若林さんがたてかべさんと木村少年の感じが『ベスト・キッド』と言ってました。 なるほど~。 声優というものを知らず、アニメや漫画とも無縁だったキムラさんには、確かに教えて欲しいところではありますよね。 さらなる試練はジャイアンの歌問題• ジャイアンは日本一の音痴キャラ。 キムラ少年は両親が音楽家ということもあり、音感はばっちり!音痴に歌うのは難しかった。 音を外すだけではダメ、リズムも合ってはいけない、そうなると歌じゃなくなる。 どうすれば下手に歌えるのか悩むキムラ少年。 「音痴って何なんだろう?」• ここでまた たてかべさんにジャイアンリサイタルのコツを相談。 「ジャイアンは歌が大好きだからねぇ」と言われるだけ。 家が近所ということもあり、たてかべさんと食事に行く仲になる。 さらに毎年キムラさんの高校の学園祭にも来てくれた。 学園祭でたてかべさんを「先輩ジャイアン」として紹介したいと話すと、 「ジャイアンはもうお前のもの。 俺はでしゃばるマネはしたくない」と言われた。 それなのに、たてかべさんは体育館で「俺はジャイア~ン」と歌って、「本物だ!」と言われていた。 それを見たキムラさんは、 たてかべさんはジャイアン辞めた後も、全然ジャイアンだと悟る。 カッコいい!自分もそうなりたいと思った。 ジャイアンの声を演じて5年。 その時に 「今年小学生に上がる子どもたちはジャイアンの声は僕の声だ」と気づく。 最初の5年間は技術を学ぼうと頑張っていた。 でも、ジャイアンという役は口先のお芝居で演じるのは無理。 音痴をやるのではなく、楽しく歌えばいい。 たてかべさんは生き様のことを言っていたのかな、と気づいた。 キムラさんは「ジャイアンは歌が大好きで、気持ちよく楽しそうに歌っているところを表現したい」と思っている。 いい話でした。 たてかべさんとの交流もグッときましたし。 いい関係が築けてよかったですね。 これも中2の少年だったからこそなのでしょう。 現在は「ヒプノシスマイク」で念願のラッパーに!• ラッパーに憧れていたキムラ少年。 現在は男性声優12人がメインの音楽原作キャラクターラップソングプロジェクト 「ヒプノシスマイク」のラッパーとしても活躍!• 198の映画館と、台湾10館でライブビューイングが行われるほどの大人気プロジェクト。 小さい頃の夢を叶えたキムラさん。 ラッパーの夢の話を唯一話していたのが、スネ夫役の関智一さん。 本当は上手いんだから。 ここでは歌が下手な役だけど、やったら楽しいよというのはだいぶ前から話していたので、家族のような気持ちで何でも応援するよっていう感じで見守ってました。 大原めぐみさん:まさかこんなにラップで飛躍するとは思ってもみなかったので、ドームとかでライブやれちゃうぐらいの本当のスーパースターになってしまって。 なんか遠い存在になっちゃったなぁってちょっと寂しい気持ちもあります。 水田わさびさん:ラップはラップでもっともっとたくさん。 ラップももっと上にいくだろうし、他にもたくさん彼はいっぱい叶えていくんだと思います。 親戚のおばちゃんなんで、私、ドラえもんファミリーだから。 ちょっと小うるさいおばちゃんですけど、ずっと見守っていきます、彼を。 関智一さん:「ラッパーになりたい」ってずっと言ってました。 高校生ぐらいの頃。 着実に言ったことは叶えていってるので、スゴイなと思います。 「キムラくん、これからはラッパーとして頑張っていってください。 でも、『ドラえもん』だけはよろしくお願いします!」 関さんの言葉を聞いて、普段はこういうことを言わないと少し照れてました。 田中さんが スネ夫にだけ早めに打ち明けることを指摘すると、 「1番喋りやすい!」とジャイアンモードで話してました。 いい兄貴なのでしょう。 113)でした。 若林さんのラベリング発表後、「光栄です」とすごく喜んでいたキムラさん。 終始人柄の良さが表れてました。 映画のカッコいい方のジャイアンって感じでしょうかね。 個人的には関智一さんが観れて嬉しかったなぁ。

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