ボヘミアンラプソディー歌詞。 ボヘミアン・ラプソディ (映画)

ボヘミアン・ラプソディ : 作品情報

ボヘミアンラプソディー歌詞

映画の興行収入130億円を突破し、日本いや世界中で注目をされた映画「ボヘミアン・ラプソディ。 」 Queenを深くご存知じゃない方は、まずは、下記の特集からどうぞ! そもそも、ボヘミアン・ラプソディとはいったい何を意味しているのでしょうか?まずは、曲タイトルにある単語の意味を調べてみました。 「ボヘミアン」は放浪し、自由な生活を送る人を指し、ラプソディは、いらゆる狂詩曲と言われ自由奔放な形で描かれ表現される楽曲を指します。 つまりは、自由に表現された楽曲だというのは歌詞タイトルの意味からわかりますね。 でも、それにしてもこの楽曲には謎めいた意味を持つ単語がたくさんあるんです。 今回は、そんな「謎めいた単語」にフォーカスをあててご紹介してみたいと思います。 クイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」 クイーンの「 ボヘミアン・ラプソディ」には英語という感じのしない 耳慣れない言葉がいくつか登場します。 スカラムーシュってなに。 ガリレオ何回いうねん。 ひょっとしたら、この特異な世界観を形作る重要なキーワードなのかもしれません。 そんな謎な単語群をこの機会にあたってちょっと調べてみました。 オペラ文化圏の言葉たち I see a little silhouetto of a man Scaramouch, Sacaramouch will you do the Fandango Thunderbolt and lightning very very frightenning me Gallileo Gallileo Gallileo Gallileo Gallileo Figaro- Magnifico 小さな男の影がみえる (スカラムーシュ、スカラムーシュ、ファンダンゴを踊ってくれないか) 雷と稲妻が 僕をひどく怯えさせる ガリレオ(ガリレオ) ガリレオ(ガリレオ) ガリレオ・フィガロ (マグニフィコ) スカラムーシュとは古いイタリア歌劇で、からいばりする道化役者のこと。 転じて、からいばりする臆病者やホラ吹きのやくざ者などの意味を持つようです。 ガリレオは17世紀前後に活動した著名なイタリア人天文・物理学者、ガリレオ・ガリレイの名です。 フィガロの意味 一方、フィガロという単語は床屋や当たり屋などの意味を含んでいますが、ここではモーツァルトによるスペイン・セビリアを舞台にした歌劇『フィガロの結婚』の主人公、元理髪師フィガロを思い浮かべるのが妥当でしょう。 「ガリレオ・フィガロ」でひとつの名前になっている、あるいは「ガリレオ理髪師」といった解釈にすると深みにハマりますのでここでは採用しません。 次に出て来るマグニフィコはベネチアの貴族といった意味。 ここまでの単語から、 イタリアやスペインなどのオペラ文化圏の香りを感じさせるものばかりという共通点が見いだせます。 少なくともこれら「オペラっぽい単語」の羅列は、このヴァース 詩歌)のオペラ感をさらに高めているのは間違いありません。 こうした効果以外とくに意味をなしていないというのが個人的見解ですが、それはさておき。 過剰なまでの演劇性 Bismillah! No we will not let you go Let him go (ビスミッラー!)いや、我々はお前を行かせはしないぞ (行かせてやれ) ここでは逃げたい主人公を(悪魔?冥府の?)声が阻み、それに抗議する(天の?)声との掛け合いが繰り返されます。 ビスミッラーとは「アッラーの名のもとに」という意味。 イスラム教徒が用いるフレーズです。 Oh mama mia, mama mia mama mia, let me go Beelzebub has a devil put aside for me for me, for me おおママミア、ママミア、ママミア、行かせておくれよ ベルゼブブは僕のために悪魔を集めている 僕のために、僕のために ママミアはイタリア語で直訳すれば「僕の母さん」ですが、英語の"Oh my God"のような間投詞でもあり、いずれにせよふたたびオペラ風味が出てきました。 次に登場するベルゼブブは、新約聖書に登場する悪霊の君主の名前です。 主人公が生死の境界で助けを求めるシチュエーション自体が歌劇的でもあり宗教的でもあります。 作者のフレディ・マーキュリーはその上で、さらにオペラ風味の単語や宗教的な単語を盛ることに躊躇しません。 この場面の演劇性が過剰なまでに高まることを選んだのです。 いずれにせよ風は吹く フレディ・マーキュリーの両親はペルシア系インド人で、敬虔なゾロアスター教徒でありました。 ゾロアスター教はかつてペルシアで隆盛を極めましたが、イスラム教の侵入によりインドへと逃げ延びたという歴史的背景を持ちます。 ここにフレディがイスラム教に対する特別な感情があったとみて、ビスミッラーという言葉を用いたとする向きもあります。 しかしフレディがどの程度ゾロアスター教に傾倒していたのかは、本人の言及もなく定かではありません。 Nothing really matters to me Anyway the wind blows・・・ 僕には問題なんてなにもないのさ (いずれにせよ風は吹く・・・) なにがあっても風が吹くことはやまない。 だから問題なんてないようなものなのさ、とでもいうようにこの曲は幕を閉じます。 主人公の魂は風に吹かれていったのでしょうか。 ところでゾロアスター教の伝統的な葬送は鳥葬、もしくは風葬だそうです。 もしかしたらフレディ・マーキュリーにとって風とは、死を想起させるものであったのかもしれません。 ちなみに彼自身の葬儀はゾロアスターの葬礼に則っておこなわれました。 彼の遺体は遺族によって風の中に散骨されたといいます。 Bohemian Rhapsody 歌詞.

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『ボヘミアンラプソディ』の歌詞の和訳と解析!フレディの苦悩と生き様に涙!

ボヘミアンラプソディー歌詞

解説 世界的人気ロックバンド「クイーン」のボーカルで、1991年に45歳の若さでこの世を去ったフレディ・マーキュリーを描いた伝記ドラマ。 クイーンの現メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーが音楽総指揮を手がけ、劇中の楽曲には主にフレディ自身の歌声を使用。 「ボヘミアン・ラプソディ」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった名曲誕生の瞬間や、20世紀最大のチャリティコンサート「ライブ・エイド」での圧巻のパフォーマンスといった音楽史に残る伝説の数々を再現するとともに、華やかな活躍の裏にあった知られざるストーリーを描き出していく。 フレディ役で「ナイト ミュージアム」のラミ・マレックが熱演。 監督は「X-MEN」シリーズで知られるブライアン・シンガーがクレジットされているが、製作途中で降板しており、「サンシャイン 歌声が響く街」「イーグル・ジャンプ」のデクスター・フレッチャーが残りの撮影とポストプロダクションで監督を務めて完成させた。 そうした製作トラブルも伝わるなかで公開されたものの、世界中で観客に受け入れられ、日本でも2018年公開映画でトップとなる興行収入130億円を突破。 社会現象とも呼べる大ヒットとなった。 第76回ゴールデングローブ賞では最優秀作品賞(ドラマ部門)、最優秀男優賞(ドラマ部門)を受賞。 第91回アカデミー賞でも作品賞を含む5部門にノミネートされ、主演男優賞ほか4部門を受賞した。 2018年製作/135分/G/アメリカ 原題:Bohemian Rhapsody 配給:20世紀フォックス映画 スタッフ・キャスト 「ボヘミアン・ラプソディ」は何が凄いのか。 これは、クイーンという素材、制作陣、役者の凄さの掛け算の究極系なのかもしれません。 私は最初クイーンというバンドは薄っすらと2、3曲しか知らなかったにも関わらず入り込めました。 これは脚本や演出の上手さも大きくて、主人公のフレディ・マーキュリーが「パキ(パキスタン人)野郎」と差別されるバイト時代から描き、バンドの結成過程、クイーンの音楽の天才的な先見性などをテンポよく描いていきます。 ただ、単なるサクセスストーリーではなく、「バンドあるある」の堕落ぶりもしっかりと描き、クライマックスの「ライヴエイド」に向かって突き進みます。 実は結構な要素が盛り込まれていますし、歌われている楽曲も多いのですが、それらがバランスよく編集されているので全く飽きがこないのです。 1年半後に見返した時には既に全曲が頭に入っていて、ほぼ全曲を好きになっている自分を発見しました。 これは本作でクイーンというバンドの楽曲の良さに気付かされ、しかも映画の出来も良いので何度か見ているうちに覚えてしまったわけです。 本作は、通常は落ちていくはずの週末興行収入が5週連続で増え続け、多くのリピーターを生み出し社会現象化して興行収入127億円という驚異的な結果を残しました。 クイーンの音楽は新たに本作によっても伝説化し、本作もクイーンの楽曲と同様に映画史に残り続けるでしょう。 ミュージカル映画ではない本格的な音楽映画で、ここまでのメガヒット作は今後、現れないかもしれないくらいのレベルです。 当初、アメリカでは批評家から「史実と違うところがある」など不評な面も目につきましたが、観客からは圧倒的に好評で、第91回アカデミー賞では、作品賞を含む5部門にノミネートされて、主演男優賞(フレディ・マーキュリー役のラミ・マレック)、編集賞、録音賞、音響編集賞の最多4部門の受賞にまでいきました。 これは観客が批評家の評価を変えさせた、と言っても良い快挙だと思います。 本作に限らず「史実と違う」という指摘はよく出ますが、映画には上映時間という制約があります。 さて、本作をいま見返すと、また違った見え方ができました。 フレディ・マーキュリーは「ヒト免疫不全ウイルス」(HIV)によってエイズを発症し1991年11月24日に「肺炎」で亡くなりました。 現在の医学ではHIVというウイルスの感染は「不治の病」ではなくなりましたが、まだ対症療法の域を出ず、現時点ではHIV完治例は世界で2人しか出ていません。 新型コロナウイルスも勿論、対症療法でしかなく、まだ根治療法ではないのです。 どうやら変化をし続けている今回の新型コロナウイルスは、果たしてどのような型に落ち着くのか。 新型のウイルスは常に地球で発生し続けるものなのだ、ということを改めて理解すると共に、多くの才能を一瞬にして奪うスピードも出てきているので犠牲者は最小限にとどめてもらいたいと強く感じました。 これだけ人気を得ている作品なので、マイノリティの遠吠えとして聞いていただきたいのだが、伝記映画としても音楽映画としても、足りてない部分や踏み込みの甘い部分が多い映画だと思っている。 それでもこれだけの支持を得て、人々を夢中にさせるものとは何なのか? ひとつには間違いなくクイーンの楽曲が持つ魅力と中毒性だろうし、それ以上に、観客に応援したいと思わせるいい意味での隙のようなものが、この映画が描いているフレディ・マーキュリーにも作品自体にもあるのだと思う。 「出来がいい」と「心を掴むこと」はイコールではないとはわかっていたつもりだったが、2018年は改めて「心をつかむ映画とは何だろう?」と考えさせられる年であり、本作はそのきっかけになったひとつだった。 しかもムチャクチャ現場がバタバタしていたはずなのに、だ。 アラン・スミシー的な映画で最も成功した作品として映画史に刻まれるのではないかと思うと、これまた興味深い一本。 伝説のロック・グループの知られざる物語と、大音響で奏でられる実物の音源を使ったヒットナンバーがもたらす高揚感が、終始絶妙にシンクロして、恐らく劇場に詰めかけた観客の想像を大きく超えて魂を揺さぶり続ける。 終映後、自然と拍手が巻き起こる。 リピーターが劇場に足を運ぶ。 彼らは、かつて、そして、今も心の中で口ずさむ"ボヘミアン・ラプソディ"の背後に、今は亡き"クイーン"のボーカリスト、フレディ・マーキュリーの凄絶な孤独を垣間見て、強烈な昂ぶりの中で人知れず涙を流すのだ。 セクシュアリティの違いによって人と人とが相容れない時代の不寛容に怒りを覚えつつ。 それにしても、そんな諸々の感情を一瞬にして振り払う"ライヴ・エイド" 旧ウェンブリー・スタジアムのステージと客席の一体感は何だ!? フレディの早すぎる死も、グループ内の確執も、また、リアルタイマーは勿論、遅れてきた"クイーン"ファンも、すべてひとまとめにして高みへと導いていく音楽というメディアの凄さを、こんなにも強烈に体感させてくれる映画は珍しい。 今も耳の奥でフレディの艶やかなハイトーンボイスが鳴り響いている。 ブライアン・メイとロジャー・テイラーが音楽総指揮で、まず演奏の音質が素晴らしい。 フレディのボーカルをはじめ基本クイーンの音源を使っているが、ライブシーンですら各パートの分離が明確でタイト。 試写室のスピーカーで実感できたくらいだから、音響にお金をかけた映画館で鑑賞できたらさらにすごい体験になりそう。 クイーンのヒット曲をリアルタイムで聴いてきた世代だが、バンドの成り立ちやフレディの私生活に切り込むストーリーは知らなかった情報も多い。 映画終盤で再現される伝説のライブ・エイドのステージにはそんな背景とメンバーたちが胸に秘めた思いがあったのかと驚かされ、万感のパフォーマンスに感動、感涙。 久しぶりに満足のいくバンド伝記映画に出会えた。

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ボヘミアン・ラプソディ (映画)

ボヘミアンラプソディー歌詞

ボヘミアンラプソディの歌詞の意味は作ったフレディにしかわからない。 メンバーも意味をしらない。 と言われていたりしますが、メンバーや関係者ははっきりとではなくても、おおよその意味は知っています。 なぜなら、ブライアン・メイは、次のように語っていたからです。 「フレディがどういう思いでこのような詩を書いたのかはおおよそは知っているけど、私達は公表する気はない。 」 それに、クイーンは作詞・作曲をしていたのはフレディだけでなく、メンバーも曲作りをして持ち寄っていました。 アルバムに入れる作品はメンバーと関係者で討論するのは当たり前ですので、フレディが作った作品だからといって説明もなくアルバムに入れたとは考えられません。 また、フレディは関係者の1人に、ボヘミアンラプソディを作る頃、 「自分はゲイではないかと悩んでいる」 と打ち明けています。 そして、なにより タイトルから自由を愛したフレディのことだとわかります。 前情報はそのくらいにして、和訳を書いて、その後で解釈を書いていきます。 No we will not let you go let him go 神の名において! ダメだ お前を自由にさせない 彼を自由にしてやれ Bismillah! we will not let you go let him go 神の名において! お前を自由にさせない 彼を自由にしてやれ Bismillah! というより、意訳じゃないと理解できません。 ボヘミアン・ラプソディをカラオケで歌いたい!と思ったことはありませんか?みんなと一緒に歌っても気持ちがいい曲ですので是非歌ってみてください。 日本人が歌いやすいように、カタカナのルビをふった歌詞を別記事で紹介しています。 耳から聞こえた通りにカタカナでふりがなをつけたので、そのまま歌うことができます。 Galileo(ガリレオ) イタリアの物理学者・天文学者のガリレオ・ガリレイ ブライアン・メイのこと ブライアン・メイは20歳のころ大学院で宇宙工学を学んでいたことがあるので、天文学者だったガイレオにあてはまります。 また、クイーンの音楽活動のため研究はやめていましたが、なんと60歳頃から天文物理学の研究を再開して博士号を取りました。 研究はスペイン領のカナリア諸島のラ・パルマ天文台でおこないました。 Figaro(フィガロ) 権力に反する者 ロジャー・テイラーのこと。 ロジャーはイケメンで若い頃はかわいい顔をしていましたが、外見とは違ってとても男っぽくてロッカーって感じなのでフィガロがぴったりです。 Magnifico スペイン語ですばらしい人という意味がある ブライアンとロジャーが出てきた歌詞の流れから考えると、ジョン・ディーコンはMagnificだと思います。 ジョンはとても温厚で謙虚な方なので、すばらしい人と表現されても納得します。 クイーンの魅力に誰よりも早く気づいて日本へ紹介したロック雑誌のミュージック・ライフの編集長だった東郷かおる子さんは、 「クイーンのメンバーの中でお友達になるならジョン」 だと仰っていたことがありました。 また、フレディの最高で最後の恋人だったジム・ハットンも、ジョンのことをとても思いやりがある人だと著書の中で書いています。 『ボヘミアンラプソディ』の固有名詞 次は他の固有名詞などについての意味です。 Scaramouche(スカラムーシュ) イタリアの喜劇に出てくる道化師。 空いばりする臆病者。 Bismillah(ビスミラ) イスラム教徒がよく使う言葉「神に誓って」「神の名において」 Fandango スペイン起原のダンスで男女で踊るフラメンコが有名。 Beelzebub 悪霊 『ボヘミアンラプソディ』の歌詞の解釈 以上を踏まえて、ボヘミアンラプソディの歌詞の意味を解釈していきます。 まず、最初に書いたように、この 歌詞はフレディがゲイかもしれないと悩んでいる頃に書かれた作品です。 そして、タイトルからしてフレディのことだとわかります。 フレディは縛られることが嫌いで自由に生きたい人だったからです。 歌詞の 冒頭から苦悩している様子が書かれています。 「これが現実なのか?現実から逃れることができないと悩んでいて自分は哀れな奴だけど、同情なんて要らない」と言っています。 フレディは人に同情されるのが嫌でした。 死期が迫り体調が悪くなり自由に歩くことも難しくなったのに、同居していたジムが手を貸そうとすると振り払ったことがあったそうです。 そして、「気軽に生きている」とつづきます。 ですので、この冒頭部分だけでもフレディ自身のことだとわかります。 次にショッキングな詞になり、この部分で理解に悩む人が多いですが、他人を殺めたのではなく、自分自身のことです。 今までの自分を捨てて、ゲイとして生きていることをしたということで、それは自分自身を殺すほどの苦悩だったことが伺えます。 次に「ママを悲しませるつもりはなかった」とあり、 親に申し訳ないと思う気持ちです。 だけど落ち込んだりしないで、今までのように何事もなく過ごしてほしいと願っています。 これからは、新しい自分、ゲイとして生きていくから、後戻りはできない、もう決めたということでしょう。 フレディはとても親思いで、親の誕生日には必ず会いに行っていました。 ですが、亡くなる前、母親の誕生日の頃には体調が悪化して帰ることができなかったので、お花を送り、 「ママ、行けなくてごめんなさい。 この穴埋めはするから。 」 と電話を入れていました。 「体中が痛い」くらい悩み「生まれてこなきゃよかったけど、死にたくないはない」という部分からかなりの苦悩が伺えます。 ここからブライアン・メイのギターソロになります。 かっこいいギターソロというより、なんとも言えない悲しさが伝わってきます。 スカラムーシュは道化師で臆病者です。 臆病者のシルエットとはフレディのことでしょう。 ファンタンゴとは男女ペアになって踊るダンスなので、ゲイであるフレディは男女ペアのダンスは踊りません。 ここではダンスと表現していますがお付き合いという意味なのだと思います。 ゲイであるフレディは女性とお付き合いをしないため、死ぬほど、恐怖するほど悩んでいると解釈できます。 なぜなら、ゾロアスター教徒だったからだと推測しました。 ゾロアスター教は、厳しい規律はなく、 神が創造したこの世界を思う存分楽しみなさい という自由な宗教のようですが、 結婚して子供を残すことが良いとされているようです。 ゲイのため女性と結婚できないし、自由でいたいしで怯えるほど苦悩したのかもしれません。 ブライアン・メイ(ガリレオ)、ロジャー・テイラー(フィガロ)、ジョン・ディーコン(Magnifico)の名前を叫び、「自分は哀れで誰にも愛されない奴だ」と言います。 次に、3人のセリフです、「彼は貧しい家の出で哀れな奴だから、その地獄のような人生から解放してやって」とつづきます。 フレディは ペルシャの貴族出身ですので、貧しい家の出身者ではありませんが、ゾロアスター教の祖先はイスラム教徒から追われてインドへ移り住んだ歴史があります。 そして フレディ自身も17歳の時、ザンジバル革命で故郷を後にして家族でイギリスへ移り住みました。 また、フレディの本名は、ファルーク・バルサラといい、バルサラは南インドのバルサードの町の名前からの由来です。 フレディは故郷にいた頃は使用人もいて裕福な暮らしをしていましたが、イギリスに移り住んでからは両親は使用人として働き、フレディは学校を卒業すると肉体労働者として働いていました。 本名にコンプレックスを持っていたので、後に改名したのです。 イギリスは階級制度が激しい国ですので、生活が一変したフレディは人種などの差別を感じていたのかもしれません。 ゲイであり自由に生きたいフレディは、自由にして欲しいと言います。 Easy come easy go will you let me go(気ままに生きてる僕を自由にしてくれる?)のlet me goの和訳は「行かせて」「逃がして」と訳されている方が多いですが、全体の歌詞の流れから、自由の方がしっくりくると思ったので、自由を使いました。 神の名において、自由にして欲しいと哀願しますが、ダメだと言われ、メンバーたちもフレディを自由にしてあげてとお願いします。 この掛け合いがつづきますが、悪霊がフレディのところに悪魔を送りつけます。 旧約聖書では、 同性愛者は石で殴り殺されてもいいとされていて、目に唾を吐くのは悪魔から身を守るためだと言われています。 誰もがフレディにそのような行為をできるため、愛する人達に対して、そんなことできないよね?と言っています。 Just gotta get out just gotta get right outta hereでは、「行かなくちゃ」と訳されている方が多いですが、歌詞の流れからも「冗談でしょ?」の方がしっくりくると思いました。 映画などのセリフでも使われる言葉です。 こんなにひどい扱いを受けることになっても「気にしない」と言います。 最後に「Any way the wind blows…」で終わりますが、これは直訳すると「どちみち風は吹く」になりますが、歌詞の流れとして「the wind blows」は人生の困難の方がしっくりきます。 どんなふうに生きようと人生には困難はつきものだ、けど、僕はそんなの平気さ、自由に生きるよ。 というような意味になります。 スポンサーリンク フレディ・マーキュリーの生き様と最後のインタビュー フレディは自由を愛して自由に生きる道を選びましたが、この歌詞からもゲイであることにとても悩んだことが伺えます。 また、自由に気ままに生きるって聞くとヘラヘラと無責任に生きるように思われがちですが、フレディはそのような人ではなかったと思っています。 なぜなら、死期が近くなった時の言動でも生き様を垣間見ることができたからです。 フレディの周囲にいたブライアン・メイやジム・ハットンなどの証言からも、 ギリギリまで精力的に明るく振る舞い音楽活動をしていて、現場で弱音なども吐かなかったからです。 インタビューでは、このように語っていました。 僕にとって一番大切なことは幸せであること 自分のおかした過ちは 言い訳するんじゃなくて 自分で償うしかないんだ 自分らしく生きるだけさ 残された年月を 出来る限り 生き生きと楽しく過ごそうと思う 声も明るく、冗談を交えて語ったのです。 過ちとはエイズになったことだと思われます。 有名になったことで孤独になったこと、他のメンバーは妻子がいて家庭があったけど一人で孤独だったことで、夜な夜なパーティーを開いては多くの人と深く交流していて心配する人達もいたようです。 フレディはつづけて、このように語りました。 最後のインタビューになるから貴重だよ こんなに自分の気持ちを明かしたのは初めてだから ちゃんと使ってよ とユーモアを交えてスタッフたちを和ませたのです。 『ボヘミアンラプソディ』の歌詞の和訳と解釈のまとめ ボヘミアンラプソディはフレディの悩みや心の中にある葛藤を作品にしたとしか思えません。 ロックなのに曲調がオペラに変わるのも、オペラがイタリアで誕生した時、ギリシャ悲劇を舞台で表現したのがはじまりだといわれているので、フレディがオペラ好きなのも影響があったのかもしれませんが、悲劇ということで取り入れたのかな、と思います。 ゲイであることに悩み、エイズの合併症で弱っていく体でレコーディングやpvの撮影をし、弱音も吐かず、生き生きと楽しく生きようとしたフレディの生き様がボヘミアンラプソディの曲そのものだと思いました。 今日、11月24日はフレディが天に召された日です。 安らかに眠りたいからと、遺骨の埋葬は元彼女で親友のメアリーに託し、約束通り誰にも知られることなく埋葬されました。 おすすめ関連記事:『ボヘミアンラプソディ』の映画 『ボヘミアンラプソディ』の映画については、別記事で感想と事実と違う点などをまとめていますので、ご興味があれば是非読んでみてください! 最初、トレーラーを見たとき、フレディ役のラミ・マレックが似てなくて、映画自体の迫力も伝わってこなかったので期待せずに観たのですが、最初からとても感動して、 一言でいうとフレディに対する愛が詰まった映画でした。 有名人を取り上げた映画は今までにもたくさんありますが、この映画はまったく違っていて、フレディやクイーンの物語だけでもないし、ライブのノリの映画でもなく、こんな映画は初めて観ました。 この映画を世に送り出してくれた関係者の方々に敬意を払いたくなるすばらしい作品で、映画のエンドロールが終わった後、拍手がおこりました。 フレディは亡くなった後も、また一つ伝説を作ったというか、関係者たちによって作られたな、と思いました。 おすすめ関連記事:フレディ の語録がつまった本 フレディはインタビュー嫌いで知られていましたが、20年間の発言をまとめた本『ア・ライフ、イン・ヒズ・オウン・ワーズ』があります。 誤解されたことも多く、発言していないことまで書かれたりしたこともありましが、この本は脚色することなくフレディの語録だけを集めたもので、本当のフレディがわかります。 残念ながら絶版になっているため入手できません。 すべて掲載するわけにもいかないため、少しでも伝わればいいなと思いますので、フレディについて知りたい!と思われたら読んでみてください。 ボヘミアンラプソディの曲は以下のサウンドトラックに入っています。

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