モーツァルト イ短調。 モーツァルト「ピアノソナタ」解説。各楽章の特徴も紹介

死への想念か、切ない恋の情念か。アマデウスの光と影(12)モーツァルト『ロンド イ短調 K.511』

モーツァルト イ短調

以前、うちの掲示板(BBS Amadeus に以下のような問い合わせがありました。 この学生さん、返事はしたものの、その後のなんの音沙汰無しというものでしたが、結構それなりに考えさせてくれるものでしたので、ここにコピペしてみます。 ただ今、大学の授業でモーツアルトの各調がもつ意味 調性格 を調べています。 (曲中に用いられるものも含め)ニ短調には死の意味があることは分かったのですが、以下の3つの意味合いが分かりません。 *イ短調 *ト短調 *ハ短調 もし、知っていたら教えていただけないでしょうか。 よろしくお願いします。 少々時間を頂きました。 純粋抽象である(器楽の場合は特に)音楽を言葉で表すには少々危険を伴います。 ショーペンハウエルは言葉の上に音楽を置いていたと思います。 言葉で表せないからこそ音楽だと。 しかし我々は例えば何らかの感情を連想もし、又、作曲者もある感情を音楽で表現しようとする。 その共通の地点に音楽は存在する。 ・・・・と考えます。 楽譜を再現するのも同じと思います。 従ってそこには星の数ほどの考えや解釈があって当然と思います。 しかしながら、ある程度の共通項はそれでもあり、特に鋭く踏み込んだ聞き手からは示唆を与えられることも多いと思います。 そんな点を考慮してお読みいただきたいと思います。 そして最後は自分自身がどのように感じたかが一番重要な事と思います。 >ニ短調には死の意味があることは分かったのですが、 先ず、これだけではあまり良く分かりません。 ニ短調の曲には K. 61a ミサ曲第2番ニ短調 K. 173 弦楽四重奏曲第13番(ウィーン四重奏曲第6番)ニ短調 K. 340c 歌曲「私は私の道を」ニ短調または「希望によせて」 K. 368a キリエニ短調 K. 404a 6つの序奏とフーガニ短調 K. 417b 弦楽四重奏曲第15番ニ短調 K. 466 ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K. 527 オペラ「ドン・ジョバンニ」 K. 626 レクイエムニ短調 がありますが、例えば弦楽四重奏曲 第15番ニ短調、第3楽章は長男出産の最中に作曲されたと伝えられています。 恐らくはモーツアルトが意識的になったのはK. 466ピアノ協奏曲第20番からだと思われます。 この前年、モーツアルトはフリーメーソンに入り、ピアノ協奏曲にしても聴衆を喜ばせるためのものではなく自分自身のために書くようになったと言われています。 短調が基調となった初めてのピアノ協奏曲であり、しかもそれは後の「ドン・ジョヴァンニ」や「レクイエム」と同じニ短調。 はっきりと「死」を感じさせるのは「死」で始まり「死」で終わる「ドン・ジョバンニ」父親レオポルドの死を挟んで作曲も進められました。 又、レクイエムにおいては今度は自己自身の死が投影されてきます。 しかし、ピアノ協奏曲に「死」を感じられないことはないにしても、それ以前のニ短調の曲目総てに「死」の意味を求めることはできないように思えます。 勿論、ニ短調には悲壮感や激昂・恐怖などの感情を表すのに適しているとは思いますが。 以下の3つの意味合いが分かりません。 >*イ短調 >*ト短調 >*ハ短調 >もし、知っていたら教えていただけないでしょうか。 >よろしくお願いします。 20 モテット「神はわれらが避難所」ト短調 K. 173dB交響曲第25番ト短調 K. 374b ピアノとヴァイオリンのための6つの変奏曲ト短調 K. 472 歌曲「魔法使い」ト短調 K. 478 ピアノ四重奏曲第1番ト短調 K. 516 弦楽五重奏曲第3番ト短調 K. 550 交響曲第40番ト短調 有名なト短調。 モーツアルトと言えばト短調と言われるくらいに有名な訳ですが、K. 550 交響曲第40番ト短調とK. 173dB 交響曲第25番ト短調が最も有名でしょうか。 ト短調は「運命」の調性と言われています。 478 ピアノ四重奏曲第1番ト短調の荒々しい第1主題をアインシュタインは「運命のモチーフ」と呼んでいます。 又、「死」を予感させる調性とも言われています。 しかし、こうした言い方にしても、例えばK. 472 歌曲「魔法使い」ト短調は男に出会った初な女の子が「魔法使い」と感じたという訳ですから「死んでしまう・・・」というよりは「運命」と捉えた方が良いかも知れません。 47a ミサ曲第4番「孤児院ミサ」ハ短調 K. 382a カノン「彼女は死んだ」ハ短調 K. 382b カノン「ものみな幸いなり」ハ短調 K. 384a セレナード第12番ハ短調「ナハトムジーク」 K. 417a ミサ曲第16番ハ短調 K. 426 2台のピアノのためのフーガハ短調 K. 457 ピアノソナタ第14番ハ短調 K. 475 ピアノ幻想曲ハ短調 K. 491 ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K. 516b 弦楽五重奏曲第4番ハ短調 K. 520 歌曲「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いたとき」ハ短調 K. 546 弦楽四重奏のためのアダージョとフーガハ短調 K. 617 グラスハーモニカ五重奏曲アダージョとロンド この調性は「悲劇」でしょうか。 アインシュタインはK. 384a セレナード第12番ハ短調「ナハトムジーク」で「ト短調がモーツァルトにおける宿命の調性ならば、ハ短調は劇的な調性である」と言っています。 ピアノ曲においてもそれは同様で、K. 457:ピアノソナタ第14番ハ短調、K. 475:ピアノ幻想曲ハ短調はベートーベンのソナタを予兆させるものですし、 K. 491:ピアノ協奏曲第24番ハ短調は第20番ニ短調よりさらに激しい感情を吐露したものです。 モーツアルトにとってト短調が特別な調、「宿命」・「運命」の調であったとすればベートーベンにとってハ短調は特別な調、「運命」の調でした。 フラット4つ イ短調 K. 73s ミゼレーレイ短調 K. 300d ピアノソナタ第8番イ短調 K. 511 ピアノのためのロンドイ短調 K. 552 歌曲「戦いの門出に」イ短調 K. 555 カノン「われは嘆き悲しむ」イ短調 これは歌曲の題名からもそれと知れる「絶望」の調性です。 このことが一番良く分かるのがピアノ・ソナタ 第8番イ短調K. 310 300d でしょうか。 そしてそれが、K. 511:ピアノのためのロンドイ短調になると一層深まります。 以上、いづれにしてもこういう傾向があるというくらいに留めておきましょう。 私にしてみても、今回総てを検証したわけではありませんので。 それにしても良い課題を与えていただきました。 私自身、もう少し、聴くことによって深めていきたいと思います。 有り難うございました。 」ということだと思います。 だから上記に掲げたことは正解だとしても先生にとっては、面白くも何ともない答えだと思います。 「この曲(調性)から、こんなことも、こんなことも感じられたのか」というのが面白く、又、貴重なデータにもなりうると思います。 宝島さんもたくさん聞いてみてください。 それが一番のねらいでしょうね。 ------------------------------------------------------------------------------------ さて、皆さんはどのように感じておられますか?•

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クラシックフルート曲の演奏難易度ランキング

モーツァルト イ短調

歴史と作者 [ ] の楽譜出版社であるは、にモーツァルトの全作品の出版を試みた。 ブライトコプフ社はモーツァルト作品を姉のや妻のをはじめ、音楽家、写譜屋、他の出版社などから収集した。 その中にはイ短調の『交響曲 K. 16』が含まれていた。 ブライトコプフ社の手書きの目録にはこの交響曲から4のが掲載されており、提供者はの音楽商であるヨハン・クリストフ・ヴェストファールであるとされている。 は彼のの中でこの曲が散逸したものと考え、付録としてアンハング番号『K. Anh. 220』を割り当てた。 モーツァルト研究者のはケッヘル目録を改訂する中で、インキピットと現存するモーツァルトの交響曲の第1作目であるを基に、この交響曲はので書かれたものではないかという説を提唱した。 彼は『K. 16a』という番号を付した上で、現存するわずか開始数小節だけであっても初期作品と容易に判別し得ると述べた。 ケッヘル目録の第6版はそのままこれを踏襲した。 このイ短調の交響曲はのにある地方交響楽団の保管庫から、自筆譜ではなく複数の写譜者による手書きの写譜としてに発見された。 表紙に書かれた注釈によれば、この交響曲は遅くともにはデンマークのが所有するところとなり 、パート譜の紙面に入れられたからはのものであることがわかった。 モーツァルト家と関わりのあった写譜屋にはこの交響曲の写しを作成できる者はいなかった。 、ヴェストファールはモーツァルトの交響曲の真作と、K. 16aやK. Anh. C 11. 08のような由来の「疑わしい」作品を所有していた。 おそらく彼はK. 16aを他の作品と共にデンマーク・コレギウム・ムジクムへと売却したのだろう。 モーツァルト研究者の ()は現在『 オーデンセ』として知られるこの交響曲を出版し、専門家が集う学術シンポジウムの議題として挙げた。 による録音が行われ、に「真贋の疑わしい作品」としてに収録された。 というのもまだ議論が完了しておらず、とりわけモーツァルトではない真の作者が決定されていなかったからである。 はこの交響曲がおそらく以降に作曲されたと考えられ、とのモーツァルトの交響曲は様式が似通っていて確たる資料がなければ正確な年代決定が不可能であり、そしてK. 16aには他のどのモーツァルト作品とも様式的に異なる個所が散見されると述べている。 ヴォルフガング・ゲルストホーファーはモーツァルトの初期交響曲に関する論評の中で、多くの専門家がK. 16aをモーツァルトの真作と考えていないことを理由にこの曲を無視した。 フォルカー・シェルリースが述べたところによれば、モーツァルトの専門家らは長期にわたる集中的な議論の末に、『オーデンセ』交響曲は流儀と作風の両面からモーツァルト作品とみなすことができないと合意に至ったという。 否定された楽章 [ ] のための の自筆譜4ページの裏面に、弦楽合奏と2つのオーボエ、2つのホルンのための16小節の楽譜が取り消し線で消された形で残されている。 アルフレート・アインシュタインはケッヘル目録の改訂版において、こののアンダンテは遥か以前にかかれた交響曲、おそらく(当時はまだ未発見だった)K. 16aのものではないかと考えた。 ケッヘル目録第6版は大筋でこれを引き継ぎつつ、両曲の関係は不確かなままであると含みを持たせた表現に修正している。 ヴォルフガング・プラートはディヴェルティメントの作曲年をとする一方、筆跡より16小節をからのものとした、また、彼は調性をに改め、モーツァルトが紙に書かれたこの楽想をディヴェルティメント中のメヌエットとトリオの最終稿に再利用したのだと考えた。 フランツ・ギーグリングはこの断章を書き改め、自らが編集した『新モーツァルト全集』(1987年)の木管ディヴェルティメントの巻へクリティカル・レポートとして掲載した。 この時までに交響曲 K. 16aは発見されており、アインシュタインが唱えた関連性は否定されていた。 この「管弦楽用草稿」を出版したニールス・ザスローは草稿内に一貫性を欠いた部分や誤りがあるとした。 さらにモーツァルトが嬰ト短調とロ長調の楽曲を聴いていたという仮定に基づいて復元作業が行われているが、モーツァルトはその時点でのような必要となる音楽記号を学んでいなかったため正しく記譜することはできなかったとザスローは述べている。 楽器編成 [ ] 楽器編成は2、2、2、である。 当時のの慣習ではファゴットやのパートを記譜せず、これらが利用可能な楽団では低音部の増強やの役目を担わせるために単にやのパートをそのまま同じように演奏させることが一般的であった。 しかし、この交響曲におけるファゴットの役割は単にチェロやコントラバスを補強するに留まっていない。 演奏時間は約13分。 楽曲構成 [ ] 全3楽章。 第1楽章 ・ 、4分の4、。 220. Wolfgang Amadeus Mozart: The Symphonies Vol VII. Recording of the. Decca Record, London 1988. In: Silke Leopold Hrsg. : Mozart-Handbuch. Wolfgang Gersthofer: Sinfonien KV 16—134. : Das Mozart-Handbuch, Band 1: Mozarts Orchesterwerke und Konzerte. Laaber-Verlag, Laaber 2007, , pp. 15—27. 1991. Mozart's Symphonies: Context, Performance Practice, Reception. Oxford: Clarendon Press. 外部リンク [ ]• 『』における及び (ドイツ語)• - Mozart con grazia.

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いきなりの短調の嵐。モーツァルト『ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466』

モーツァルト イ短調

モーツァルト(Mozart)の楽曲で,調性が短調の曲についての質問です。 絶望,悲壮,闇を感じられる曲。 モーツァルト(Mozart)の楽曲で調性が短調のものについて質問です。 私は,クラシックを聴き始めてから日が浅いのですが,どうしても,モーツァルトが好きになれませんでした。 ところが,映画『アマデウス』を観てから,興味がわき, ベーム/VPO モーツァルト 「レクイエム」 を聴いて,あんな明るい曲をぽんぽん作曲するような作曲家が,こんな荘厳な曲も書けるのかとひどく感心した覚えがあります。 もちろん,レクイエムの全原稿をモーツァルトが書いたわけではないし,このように思えたのも,フィクションである上記の映画の影響も大うのですが… 以上の経緯で,モーツァルトの短調の楽曲に興味がわきました。 そこで,モーツァルトの短調の楽曲について質問です。 これを言葉で表現するのは難しいですが, 例えば,モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト,ムジーク」の有名なフレーズに代表されるような, 「陽気」でいわゆる「古典的」な曲風の「対極」にあるようなモーツァルトの「短調」の楽曲はないですか? また,別の例として,同じ短調の表題といっても, モーツァルトのピアノソナタ第8番 a moll と 同第14番 c moll では,私は後者14番が,圧倒的に,全体を通して,「闇」を感じるのです。 むしろ8番はなぜか,短調という表題でありながらも,曲にモーツァルト独特の「明るさ」が感じられます。 (主観的要素がとても強いと思いますが…) ベート・ー・ヴェンの後期作品のにおいを感じさせるような「重い」短調曲はありませんか? 楽曲のジャンルは器楽曲,協奏曲と限定しないので,教えていただければ幸いです。 ただ,できれば,「葬送行進曲」といったような,「絶対哀しく」つくられた曲よりは, 作曲に至る事実的背景は抜きに,モーツァルトの作曲家・人としての苦悩や悲壮を, 主観的な解釈で想像できるような短調曲を教えていただきたいです。 おすすめの演奏家と共に紹介していただければなおありがたいです。 つたない日本語でうまく質問内容をお伝えできていないとおもいますが,そこら変は補填して,よろしくお願いいたします。 補足どのお方も,大変参考になりました!特に曲に関する逸話もお書きくださった方の曲はとても興味がわきました!モーツァルトについて,再考させられるようなご指摘もいただき感謝しています。 本当にBAは難しいですが,様々なジャンルの紹介と,解説を書いてくださった方にしようと思います。 427(『ハ短調ミサ曲』)の「キリエ」 このミサ曲は、モーツァルトが書いた最後のミサ曲で、「ミサ全体としては未完」ですが、完成した部分はものすごく充実した作品になっています。 「グロリア」以降は明るさが感じられる作品ですが、冒頭の「キリエ」だけは、まるでバッハの「マタイ受難曲」か「ロ短調ミサ曲」かと思うような荘厳な雰囲気が支配しています。 演奏によっては雰囲気が変わる部分ですが、フリッチャイ指揮ベルリン放送響のセッション録音(DG)は、絶望的な空気の中で神に救いを求める独特の表現が魅力的です。 16の第2楽章 モーツァルトがまだ10歳にもなっていなかった時期の作品を薦めるのはどうかとも思いますが、彼が「短調の作曲」にも卓越した着想・技術を有していたことを実感するには欠かせない楽章です。 最初の交響曲の段階で、あの「40番」の悲しさをどことなく感じさせる、素晴らしい「短調」を書いていることは驚きですし、聴いておいて損はないと思います。 近年のピリオド楽器による演奏・ピリオド風解釈を取り入れた演奏も良いのですが、若干の「絶望感」を感じさせる、ベーム指揮ベルリン・フィル(DG)をあえてお薦めします。 491 ピアノ協奏曲では第20番が有名ですが、この24番の方が、より絶望的な曲調に支配された「モーツァルトの短調」だと思います。 第1楽章は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番に似た雰囲気を持ち、第2楽章ではモーツァルトのピアノ協奏曲第27番のあのラルゲットのような深遠さが垣間見え、第3楽章も(ピアノ協奏曲第20番では最後長調に転じて終わりましたが)最後まで短調のまま、重いものを引きずりながら駆け抜ける…。 この曲の暗さをとことんまで追求したようなギーゼキング&カラヤン指揮フィルハーモニア管(EMI モノラル録音)が素晴らしいのですが、モノラルが苦手な方には、ステレオ録音でハスキル&マルケヴィチ指揮ラムルー管(フィリップス原盤)、ルービンシュタイン&クリップス指揮RCAヴィクター響(RCA)、最近のものではヘルムヒェン&ニコリッチ指揮オランダ室内管(PentaTone)あたりをお薦めしておきます。 幻想曲 ニ短調(未完)K. 397(385g) 幻想曲 ハ短調K. 475 ロンド イ短調 K. 511 アダージョ ロ短調 K. 540 モーツァルトは、父レオポルトが最晩年の病床にあったときに「死は私達の一生の真の最終目標なのですから、人間のこの真の最善の友と親しくなって、その姿が何も恐ろしいものでなくなり、私にはむしろ多くの安らぎと慰めを与えるものとなっています。 むしろ、最晩年に宮廷作曲家の業務として職人的に作られたK. 601 四つのメヌエット、K. 609 五つのコントルダンスなどを聴くとき、聴く方の胸が詰まるような気がします。 アマデウス、いい映画ですよね。 自分もあの映画を見るまでは明るい曲ばかりのモーツァルトが好きではなかったのですが、見てから次第に印象が変わりました。 個人的にはコマンダーとエンドロールに至るエンディングのシーンが楽曲含め好きです。 で、その楽曲ですけど、まだ上げられていない作品では、やはりオルガン曲「K608 幻想曲 ヘ短調」ですね。 Fantasie in F minor for organ 元は自動オルガンのための曲です。 とはいっても実際のところモーツァルトは(自動)オルガン曲をほとんど残さなかったので、全部でもCD1枚程度です。 小曲がほとんどなのですが、大曲かつ代表曲はこのK608くらいです。 オルガン史としてはモーツァルトは大きな存在ではありませんが、この曲だけはコンサートでも演奏されることがあります。 『ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K. 488』より第2楽章 『弦楽のためのアダージョとフーガ K. 546』 『別れの歌 K. モーツァルトの「短調の曲だけ」好きという人はとても多いですね。 その気持ちも分かるのですが、はたして短調の曲だけ聴いて、それで「モーツァルトを聴いた」ことになるのかどうか、ちょっと疑問だと思います。 いつの日か「長調のモーツァルト」とも仲直りしてほしいです。 心静かに、こちらの曲を聴いてみて下さい。 『夕べの想い K. 523』 歌詞対訳はこちら この曲などは、「長調のモーツァルト」と「短調のモーツァルト」をつなぐ「ミッシング・リンク」ではないかな、と思うのですが。 モーツァルトの短い生涯の中でも、若いころの作品に比べると、晩年に近い20代後半~30代の作品は、しだいに渋めの曲調の作品が増えてきます。 例えば、ピアノ協奏曲の20番台、ピアノ三重奏曲の第2番以降、クラリネット五重奏曲などは、長調ですが落ち着いた曲調です。 そのあたりから試してみて下さい。 そして、晩年の作品の良さが分かってくるにつれて、若いころの作品からも、「晩年のモーツァルト」につながっていく「きざし」のようなものが感じられるようになるはずです。 モーツァルトの生きた時代は、言わば「文明開化の時代」であり、ヨーロッパ中が明るく軽やかな音楽を求めていた時代です。 次のような同時代の音楽も聴いてみるべきです。 そして、「自分が嫌いなのはモーツァルトだけなのか、それとも古典派全体なのか?」と自問自答してみて下さい。 少年時代のモーツァルトがロンドンを訪れた際、当時の人気作曲家だったJ. バッハとピアノの連弾をしている。 『フルート協奏曲 ニ長調』 ヤン・ラディスラフ・デュセック(Jan Ladislav Dussek, 1760-1812) 『ピアノ協奏曲 変ロ長調』 そしてモーツァルトの晩年は、そろそろロマン派に近づいてきた時代でもあったのです。 そのあたりの歴史の流れも意識すると、もっと色々な音楽を楽しめるようになると思いますよ。 よかったら試してみて下さい。 『ヴァイオリンソナタ ト長調 K. 379』 『ピアノソナタ 第16番 ハ長調 K. 笑 質問が浅いです。 まず下知識からいきますと、モーツァルトの音楽はバロック以降、 その当時までに広く共有されていた音楽のルールに基づいて書 かれています。 つまり、長調だから、あるいあ、短調だからという よりは、その流れのほうが重要なのです。 こういう音型では喜び を表し、別の音型では神の恩寵を表し、あるいは、また別の音 型では哀しみが表現されるという具合です。 モーツァルトは、こうした知識を共有した人々のために音楽を 書いていました。 そういう意味で、次の楽曲の第1楽章を粘りづよく聴いてみて ください。 364 (第2楽章) (演奏:A. サモンズ vn. ターティス va. ) 歌曲。 520 (演奏:B. ボニー S. パーソンズ pf. ) 鍵盤曲。 典型的だが、オーダーどおりではないかも? ピアノよりフォルテピアノのほうが、よくイメージに嵌る。 540 (演奏:P. そもそも、曲の感じ方は短調、長調限らず、人によって様々です。 つまり「~~感じる曲を教えて下さい」と他人に質問すること自体が、はっきり言って、意味が無いことです。 「~~を聴いた感想を教えて下さい」という小学生、中学生レベルの質問となんら変わりありません。 ぐだぐだと無駄な単語を並べなくて、「モーツァルトの短調の曲で、あなたが好きな曲を教えて下さい」でいいのではないですか??? さて、わたしがモーツァルトの短調の曲で、これはすごいと思っているのが、 「ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲」の2楽章です。 母親を失った悲しみが表現されているといわれていますけど、その両端楽章の明るさとのあまりにもデジタルな対比がモーツァルトの底知れぬ才能を感じさせて、聴くたんびに震撼します。 1曲の中にこれほど極端な明暗をもった楽章が並んでいる曲が他にあるとは思えないくらいです。 大好きな演奏は ジョージ=セル指揮 クリーヴランド管 のものですが、「おすすめ」はしません。 わたしが気に入っているからと言ってあなたが気に入るとは限らないからです。 どこのどんな人かも知らない他人に対価もなく、「おすすめ」という選択作業をするほど、わたしは阿呆ではありませんので、紹介だけします。

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