ユニコーン 折り紙 ブレードランナー 折り方。 ユニコーンの折り紙

[mixi]ガフが作っていたユニコーンの折り紙

ユニコーン 折り紙 ブレードランナー 折り方

有給とって『ブレードランナー2049』観にきている。 — 藤川さくら fujikawasakura ブレードランナー観てきた。 見応えがあった!せつない。 映画館を出た後の街の景色が、映画とダブる。 — 藤川さくら fujikawasakura 映画は見応えがあっておもしろかった。 ちゃんと旧作のブレードランナーを観ておいたのも正解だった。 旧作では、チキン ニワトリ 、ユニコーンなどが折られていた。 (映画『ブレードランナー』より) 映画観てて、折り紙のユニコーン出たとき、こないだ折ったやつじゃん!と思ってしまった。 (折り方ちょっと違うけど) 新作でもちょっとだけこのキャラが出ていて、相変わらず折り紙を折っていて、ちょっと嬉しかった。 新作で折られていたのが、羊だった。 Twitterでは、何人か折ってみたという人がいたけど、折り方まではわからなかった。 ただ、映画で折られていた羊のもとになっているのは、前川淳という折り紙作家さんの作品で、その羊には角があるということはわかった。 映画はそれをもとに、角のない羊にしているようだった。 基本的な折り方はどれもほぼ同じだが、最後の仕上げあたりが微妙に違っていた。 そんで、折ってみたのと映画に出てきたのと見比べると、なんかちがう。 (折ってみたやつ) 頭・かお回りが、どうも違うなぁ。 もちろん角なしはないので、そこは独自になんとか角を隠してみたけれど。 いろいろやってみたが、結局完全一致にはできなかったので、作れたとこまでで終わった。 (映画のやつ) (折ってみたやつ) うん、これはこれでかわいいからいいか。

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【折り紙】ブレードランナーと折り紙

ユニコーン 折り紙 ブレードランナー 折り方

ブレードランナーに関しては「ブレードランナー FAQ」というファンサイトで詳細な分析がなされていますので、ぜひ、ご一読を。 折り紙(ユニコーン)に関する情報も載ってますので参考になるかと思います。 「ブレードランナー FAQ」は、元々は英語版サイトが最初にはじまり、その後各国語版に翻訳されました。 ブレードランナー FAQ 9. ユニコーンの重要性とは何か? を参照 まず基本として知っておいて欲しいのは、原作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の作者ディックは「人間とは何か?」を問うた作家ではなく「人間とは何か、を問う自分自身は本当に存在しているのか?」ということを問い続けた作家であるということです。 これは、ディックが生涯追い求めた問いであり、彼のほぼすべての作品で貫かれているテーマでもあります。 劇中でガフは、3つの折り紙を折ります。 1つ目は、デッカードがブライアントからのブレードランナーへの復帰要請を断った時に折った鶏。 これはチキン、すなわち臆病者を意味しています。 2つ目は、デッカードがリオンの部屋を調査している時に折った勃起した男。 これは、直前に会ったレイチェルへ惹かれていったことや仕事に対しその気になっていくデッカードへのからかいの意味が込められていると言われています。 3つ目ですが、これが最後に折ったユニコーンです。 「折り紙のユニコーン」には、実はいくつかの解釈が有ります。 その中の代表的なものとして、以下の2つの解釈があります。 ひとつは、ガフがレイチェルの寿命を他のネクサス6型と同じように4年の寿命と思い込み「どうせ長くは生きられないのだから、あえて命は狙わずに生かしておきますよ」というデッカードへのメッセージの意味。 もうひとつは、ガフがはめていた長手袋から「どこまでも命を狙っていくぞ」という解釈。 長手袋の意味として、対決や挑戦という意味があります。 これは西欧でのガントレット 甲冑の一部で腕に付ける手袋状の篭手 からきています。 西欧では、決闘を要求する際、相手に手袋を投げつける習慣があることから、こういった解釈がなされたのでしょう。 では、なぜガフはユニコーンを折ったのでしょう。 レプリカントは写真を集めたがります。 それは、レプリカントが情緒的に未熟であるために取る行動で、デッカードの部屋が映し出された時、沢山の写真が飾られている事から、デッカードがレプリカントかもしれないという推測ができると思います。 ガフはデッカードがユニコーンの夢を見ることを知っていて、ユニコーンを折った可能性がある。 何故か。 それは、デッカードに他の誰かの記憶が移植されているのを知っていたので、ガフはデッカードの夢を中身も知っており、そのためにユニコーンの折り紙を折った。 そんな解釈ができると思います。 しかし、これは沢山ある説の中のひとつでしかありません。 当然、デッカードはレプリカントではないという説もあります。 100人いれば、100通りの解釈ができる作品、それがブレードランナー。 何度も見て、貴方なりの解釈を見つけて下さい。 解釈としてはsaitou9kaさんの書いてる通りだと思います。 最初の劇場版は、2人(デッカードとレイチェル)が緑溢れる大地(どこに あったんだ、そんな環境が?)を自動車で走っていく、という希望溢れる ラストだったので「見逃してやるよ」という受け取り方ができました。 ところが、後で監督が手を付けたディレクターズカット版では、デッカードの夢 (ユニコーンの夢)が復活し、折り紙がユニコーンだったことから、 デッカードもまたレプリカントであり、「(お前もレプリカントなのだ、寿命は 長くないぞ。 だから)見逃してやるよ」という、皮肉めかした警告にも 受け取れるようになってしまいました。 そのせいか、2人が逃亡するシーンはデッカードのマンションから出たところ までで、その後は陰鬱なブレードランナーのテーマが流れて終わってます (劇場版は、2人のドライブシーンに愛のテーマという甘ったるい音楽が 流れてました)。 どっちにしろ「見逃してやるよ」なんですが、最初の優しさから来るように 見えた行為が、シーンを組み替えるだけで180度違ったニュアンスになってる わけで、そういう曖昧な描写の多さが深読みさせる面白さを読んで、 この映画に夢中になる人を増やし続けているわけです。

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ブレードランナー・コレクション

ユニコーン 折り紙 ブレードランナー 折り方

ブレードランナーに関しては「ブレードランナー FAQ」というファンサイトで詳細な分析がなされていますので、ぜひ、ご一読を。 折り紙(ユニコーン)に関する情報も載ってますので参考になるかと思います。 「ブレードランナー FAQ」は、元々は英語版サイトが最初にはじまり、その後各国語版に翻訳されました。 ブレードランナー FAQ 9. ユニコーンの重要性とは何か? を参照 まず基本として知っておいて欲しいのは、原作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の作者ディックは「人間とは何か?」を問うた作家ではなく「人間とは何か、を問う自分自身は本当に存在しているのか?」ということを問い続けた作家であるということです。 これは、ディックが生涯追い求めた問いであり、彼のほぼすべての作品で貫かれているテーマでもあります。 劇中でガフは、3つの折り紙を折ります。 1つ目は、デッカードがブライアントからのブレードランナーへの復帰要請を断った時に折った鶏。 これはチキン、すなわち臆病者を意味しています。 2つ目は、デッカードがリオンの部屋を調査している時に折った勃起した男。 これは、直前に会ったレイチェルへ惹かれていったことや仕事に対しその気になっていくデッカードへのからかいの意味が込められていると言われています。 3つ目ですが、これが最後に折ったユニコーンです。 「折り紙のユニコーン」には、実はいくつかの解釈が有ります。 その中の代表的なものとして、以下の2つの解釈があります。 ひとつは、ガフがレイチェルの寿命を他のネクサス6型と同じように4年の寿命と思い込み「どうせ長くは生きられないのだから、あえて命は狙わずに生かしておきますよ」というデッカードへのメッセージの意味。 もうひとつは、ガフがはめていた長手袋から「どこまでも命を狙っていくぞ」という解釈。 長手袋の意味として、対決や挑戦という意味があります。 これは西欧でのガントレット 甲冑の一部で腕に付ける手袋状の篭手 からきています。 西欧では、決闘を要求する際、相手に手袋を投げつける習慣があることから、こういった解釈がなされたのでしょう。 では、なぜガフはユニコーンを折ったのでしょう。 レプリカントは写真を集めたがります。 それは、レプリカントが情緒的に未熟であるために取る行動で、デッカードの部屋が映し出された時、沢山の写真が飾られている事から、デッカードがレプリカントかもしれないという推測ができると思います。 ガフはデッカードがユニコーンの夢を見ることを知っていて、ユニコーンを折った可能性がある。 何故か。 それは、デッカードに他の誰かの記憶が移植されているのを知っていたので、ガフはデッカードの夢を中身も知っており、そのためにユニコーンの折り紙を折った。 そんな解釈ができると思います。 しかし、これは沢山ある説の中のひとつでしかありません。 当然、デッカードはレプリカントではないという説もあります。 100人いれば、100通りの解釈ができる作品、それがブレードランナー。 何度も見て、貴方なりの解釈を見つけて下さい。 解釈としてはsaitou9kaさんの書いてる通りだと思います。 最初の劇場版は、2人(デッカードとレイチェル)が緑溢れる大地(どこに あったんだ、そんな環境が?)を自動車で走っていく、という希望溢れる ラストだったので「見逃してやるよ」という受け取り方ができました。 ところが、後で監督が手を付けたディレクターズカット版では、デッカードの夢 (ユニコーンの夢)が復活し、折り紙がユニコーンだったことから、 デッカードもまたレプリカントであり、「(お前もレプリカントなのだ、寿命は 長くないぞ。 だから)見逃してやるよ」という、皮肉めかした警告にも 受け取れるようになってしまいました。 そのせいか、2人が逃亡するシーンはデッカードのマンションから出たところ までで、その後は陰鬱なブレードランナーのテーマが流れて終わってます (劇場版は、2人のドライブシーンに愛のテーマという甘ったるい音楽が 流れてました)。 どっちにしろ「見逃してやるよ」なんですが、最初の優しさから来るように 見えた行為が、シーンを組み替えるだけで180度違ったニュアンスになってる わけで、そういう曖昧な描写の多さが深読みさせる面白さを読んで、 この映画に夢中になる人を増やし続けているわけです。

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