別の人の彼氏になったよ歌詞。 『別の人の彼女になったよ』がどうしてもキモかった話|うんぱく|note

『別の人の彼女になったよ』がどうしてもキモかった話|うんぱく|note

別の人の彼氏になったよ歌詞

考えたことをどうしてもまとめたくなったので、と全然関係ないことを書きます。 昨年からずっと巷で人気のラブソング、 wacciの『別の人の彼女になったよ』。 いや、一応一回聴いてはいて、「ほう、面白い発想だ」なんて思ってはいたけれど、いかんせん恋愛というものに疎いので聴き込むなんてことはしなかったんです。 それがなぜ、こんな記事を書いているのか。 何を悟ったかというと、 「この曲が広く共感されるのは、実は恋愛だけにとどまらない、もっと普遍的なことを歌っているからではないか」 こういうことに気づいたんです。 バージョンを聴いて号泣した話 およびさんについては「歌がバカ上手え」ということしか存じ上げないのですが、部外者ながらいちアイドル ジャニーズ オタクゆえ、解散ライブでまんまと大号泣しました。 そんな愛理さんが歌う『別の人の彼女になったよ』。 私は、そういった愛理さんの経歴と重ねて聴かざるを得ませんでした。 歌詞を辿りながら、こんなイメージが次々と浮かんできました。 アイドルとして、メンバーと一緒にライブで大はしゃぎする愛理ちゃん。 ボロボロ泣いている愛理ちゃんと涙ぐむ、最後までプロを貫いて毅然としているももち。 素の笑顔でメンバーと笑い合う愛理ちゃん。 時にはメンバーとぶつかり合う愛理ちゃん。 夢や希望を歌うアイドル。 だけど、そんなアイドルを卒業した愛理ちゃん。 天真爛漫で、愛されるために生まれてきた天使みたいな愛理ちゃんのこと、やっぱり愛理ちゃんと呼ばせてください……愛理ちゃん…… 無邪気でいられたアイドルを卒業して、今はどんなふうに活動しているのかきちんと見られてはいませんが、ソロのシンガーとして、大人になってるんじゃないかな。 そんな、きっと「一生懸命お洒落して なるべくちゃんと」する大人になった愛理ちゃんが、もう戻れないアイドル時代に後ろ髪を引かれながらも前へ進む歌、そんなふうに聞こえたんです。 きっと愛理ちゃんはたくさんのファンに愛されて一生無邪気な愛理ちゃんなんでしょうけど、それでも、アイドルの「少年/少女性」はやっぱり特別なもの。 ジャニーズを去る元アイドルたちを見送っていると、より痛感します。 アイドルは一つの青春。 そんなふうに思って、私は真夜中に号泣していたわけです。 初めて感情移入ができて動揺した話 さて、時は過ぎて約半月後、でwacciの本人歌唱バージョンを聴くことになります。 かねてから「ジャニーズの誰それと重ねてしんどくなる歌」 で言えば元彼=、今彼=で聴いている人を見かけました としてジャニヲタの間でも人気なこの歌。 私は自分の解釈で当てはまる人が見つからず、いまいち感情移入できずにいました。 ところがどっこい、を見ていたら天啓のように降りてきたのです。 元彼=。 2019年1月からの自担 今彼=横原悠毅 ジャニーズJr.。 2020年3月からの自担 という解釈が。 非ジャニヲタの読者さんに説明すると、自担とは女性アイドルでいう推し、もっと言うと神推し で合ってるのかな? みたいなことです。 自担が2人もいるなんて気が多いやつだな〜と思われたことでしょう。 素直にすみません。 腹を括って掛け持ちオタクをしております。 この2人に対する私の解釈と感情を一から説明するとそれだけでブログが10本くらい書き上がってしまうので、ざっくりとだけ。 北斗くんに対してはどこか同族嫌悪にも似た執着心を抱き、 横原くんに対しては純粋に尊敬して応援しています。 べつに横原くんだってフェスで大はしゃぎはするだろうし愚痴を言っても怒らないだろうし夢や希望もガンガン語る男ですが、余裕があって大人で尊敬できて不満が一つもないのは本当に歌の通り。 私の理想の男性です。 一方北斗くんは正直気に入らないところだらけで しかも私と似てるところは同族嫌悪でムカつくし、私と違うところも裏切られたみたいでムカつくといったわがままっぷり 、もう好きなんだか嫌いなんだかわからなくなってるけど離れられない。 そんなめんどくさい存在です。 北斗くんとも横原くんとも付き合えるわけがねえことは重々承知で言いますが、もし横原くんと付き合えたら、そりゃあもう歳、人生薔薇色だと思います。 でも、横原くんと付き合ったら、まず私の好きな映画や演劇は一緒に観に行けないだろうな。 仮に私一人で観に行って、帰って感想を話しても、あんまりわかってくれないだろうな。 好きな服や音楽も全然違うだろうな。 私の弱いところやどうしようもないところを打ち明けても、頭では理解してくれるだろうけど、胸を痛めるほどの共感はしてくれないだろうな…… そんなふうに思うんです。 まあ、映画や音楽の話ができなくたって彼が大好きだから全然いいんですけど。 私は横原くんの話をいっぱい聞きたいし。 でも、北斗なら好きな映画や音楽の話をたくさんできる。 きっと感心も共感もしてくれる。 ちょっと他人には話しづらいことも、北斗になら打ち明けられる。 でもいざ北斗と付き合ったら、喧嘩ばかりになるんだろうな。 そんな妄想が一瞬のうちに頭をよぎって、食べていたご飯をそうになりました。 悟りを開いた話 そんな22日の夜、私は延々と『別の人の彼女になったよ』2パターンを聴きまくり、翌日、ついに悟りを開きました。 この歌詞は、恋愛よりももっと普遍的な意味を孕んでいるのではないのか。 そもそも、子供っぽくて一緒にはしゃげるけど喧嘩もよくしていた元彼と別れ、ちょっと窮屈だけど大人で尊敬できる今彼と付き合う、なんて、とても限定されたストーリーです。 確かに設定が細かい分リアルさは増すけれど、一見共感は得づらいように思えます。 それが一体なぜ、こんなにも多くの共感を呼んでいるのか。 それは、このストーリーの背後に 「子供から大人へと成長し、戻れない・戻ってはいけない子供時代の自由さを恋しく思ってしまう」 という普遍的なテーマが隠されているからではないでしょうか。 愛理ちゃんの「アイドルから大人へ」というストーリーも、もちろんこのテーマが土台にあります。 私にとっての北斗くんと横原くんも、「本来の自分自身が引き出される相手」と「大人の女性として愛する男性」という対比を孕んでいます。 この歌の元彼は、 ・フェスで大はしゃぎする ・映画を観て号泣する ・言葉ではなく態度でわからせようとする ・よく喧嘩する 怒鳴り合いもする ・おそらく夢や希望も語る という、感情的で無邪気で、「子供」っぽい人物です。 その元彼の前での〈私〉も、 ・すっぴんで笑っている ・大きな声で愚痴を言う ・自分をさらけ出す というように、「子供」っぽく、公には「控えるべき」とされることを平気でしていました。 一方今彼は、 ・余裕があって大人で優しい ・博識 ・言葉で表現する ・愚痴を嫌う ・現実主義者 という、社会的に「正しい」あるいは「大人」な人物です。 今の〈私〉も、 ・お洒落して「ちゃんと」している ・愚痴を言わない ・「大人」しくしている というように、社会的に「こうすべき」という振る舞いをしています。 べつに恋愛に限ったことではなく、家で許されていた態度を学校でやると怒られる、あるいは10代のうちは平気だったことが社会に出るとマナー違反になるというように、「こうすべき」を守ることが、「大人」になることとされています。 だけど、「大人」のルールは窮屈です。 時には子供のように振る舞いたい。 すっぴんでゲラゲラ笑いたいし、愚痴も言いたいし、自分をさらけ出したい。 そんな気持ちをどうにか押し殺して、大人は「大人」のルールで生きていきます。 そんな、誰にでもある「子供」と「大人」の間の揺れ動きを、この歌ではラブストーリーに落とし込んで歌われているのではないでしょうか。 だからこそ、〈私〉と同じような恋愛をしていなくても、このストーリーは多くの人に共感されるのではないでしょうか。 もっと攻めてみると、この歌は「子供が実家を出て働き始めたけれど、社会人としての振る舞いに少し疲れて、親に電話をしたくなる話」とも読み替えられるかもしれません。 実家は大抵いつでも電話できる存在でよかったです。 さて、この歌の〈私〉の少女時代、つまり元彼と過ごした時間は、〈私〉だけではなく元彼自身も「子供」でした。 〈私〉は元彼にこう言います。 あなたも早くなってね 別の人の彼氏に つまり、〈私〉は 「私が子供時代を忘れてきちんと大人になれるように、私が子供に戻れる場所を早くなくしておいてね」 と言っているのです。 けれど、最後の歌詞はこう。 私が電話をしちゃう前に つまり、 「本当は子供に戻りたい」 という思いをほのめかして終わるのです。 この後、〈私〉は元彼への思いを断ち切れたんでしょうか。 元彼も〈私〉のように別の人の彼氏になって、大人になれたんでしょうか。 wacciのみぞ知る、ですね。 ちなみにwacciさんの他の楽曲はまだ一切聴いていません。 すみません。 これから聴きます。 突然の『別の人の彼女になったよ』語り、最後まで読んでくださってありがとうございました。 mtmrleon.

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【検証】別の人の彼女になったよの歌詞解釈は?CDTVライブで披露 | てぃーてぃータイムズ

別の人の彼氏になったよ歌詞

MVのコメント欄に自分のストーリーを書き綴る人が続出 wacciは2012年にメジャーデビューした日本のバンド。 バンド名には「わたしたち」という意味が込められており、聞く人全ての「暮らし」の中にそっと入り込んでいけるようなポップスを目指している。 「別の人の彼女になったよ」、通称「ベツカノ」は、そんなwacciが2018年7月から行った4カ月連続配信シングルの第2弾として、2018年8月にリリースされたもの。 真夏に配信されたこの曲だが、季節がめぐりまた夏が来ようとしている今も多くの人に聴かれ続けている。 2019年の3月には、YouTubeでMVが公開。 再生回数は350万回を突破し現在も伸び続けているが、この曲のコメント欄ではある変わった現象が起きている。 それは、曲を聴いたリスナーが、自身の過去の恋愛体験をコメント欄に書き綴るということ。 コメントは短いものから長いものまであるが、その数は6月5日時点で3300件以上。 他のwacciの動画と比べてみると、2015年にリリースされた『大丈夫』という曲は、再生回数は1000万回近いが、コメント数は2000件ほど。 このことからも、『別の人の彼女になったよ』のコメント数の多さがうかがえる。 それはwacciの曲が「わたしたち」の「暮らし」に入り込んでいる証拠といえる。 では、こうしてリスナーが自分のことを語りたくなってしまうのは何故だろうか。 その理由はこの曲の歌詞にあるだろう。 前の彼氏はフェスで大はしゃぎするし、映画を見ていると自分よりも号泣している。 一方、今の彼氏はそんなことはなく、余裕があって優しくて、色んなことに詳しくて尊敬できる。 最初に歌われるのはそんな内容だ。 しかし、曲が展開していくにつれて、どこか無理して良いところを探しているような、そんなできすぎた彼氏に息苦しさを感じているような雰囲気が漂う。 そして最後には、本当はまだ「あなた」に未練があることが明らかになるのだ。 この曲を作詞作曲した橋口洋平は、楽曲のリリース時に次のようにコメントしている。 忘れられない恋愛より自分のための恋愛を選んだ人の少しだけ後ろを振り返る歌です。 前の彼氏はこういう人。 今の彼氏はこういう人。 書いたのはそれだけ。 最後は少し気持ちを吐露してますが、このシチュエーションの奥にある心理描写はあなたに委ねます。 wacci初の、女性目線で描いた一曲。 是非聞いてみてください。 前の彼氏はこういう人。 今の彼氏はこういう人。 書いたのはそれだけ——。 等身大のディテールを積み重ねて人物を描きながら、ストーリーを展開していく歌詞は、多くのファンに支持された西野カナのラブソングを彷彿とさせる。 彼氏や彼女とフェスや映画に行ったことがある人は多いだろう。 西野カナはそれを熟知したラブソングの名手だったが、「別の人の彼女になったよ」もその好例と言えそうだ。 いしわたり淳治も絶賛した、コピーライティングとしての素晴らしさ また、「別の人の彼女になったよ」は作詞家、音楽プロデューサーのいしわたり淳治にも絶賛されている。 いしわたり淳治は自身が出演したテレビ番組『関ジャム 完全燃SHOW』で、この曲を「2018年のベストソング」として紹介。 聞き慣れない言葉なのに、誰もが瞬時に意味が分かって、登場人物たちを取り巻く環境や心情までをも勝手に想像してしまう。 コピーライティングとしても素晴らしい一言である。 たしかに、言われてみれば「別の人の彼女になったよ」とはまわりくどい表現だ。 普通であれば「新しい彼氏ができたよ」と言うかもしれない。 いしわたり淳治も記事の中で書いている通り、この言い方は「別れた彼女が元彼に言う意外にはあり得ない一言」だ。 それはロマンチックで悲しい。 もう恋人同士ではないのに、二人の間でしか通じない新たな言葉が生まれているのだから。 そして、この印象的なフレーズがタイトルに冠されたことにも触れておきたい。 タイトルに掲げられていることで、この曲は新しい彼氏の歌でも、別れた彼氏の歌でもなく、まぎれもない「別の人の彼女になった私の歌」になっている。 自分自身にフォーカスすることで、完璧な彼を愛せずにいる自分や、前の彼氏への思いを捨てきれないエゴが一番にフォーカスされているのだ。 『ベツカノ』が証明する、クリーンなだけじゃない私たちのリアル この曲はwacciのこれまでの楽曲とは異なる作風で、橋口のデモを聴いたメンバーやスタッフの間では賛否両論が巻き起こったという。 付き合っている人がいるのに、前の彼氏のことを忘れられないという恋愛観は、たしかにクリーンではない。 だけどこの曲がヒットしている事実は、私たちのリアルはクリーンなだけではないということを示している。 そしてそういう人のほうが、「別れてしまったけど出会いに感謝! 新しい彼氏は最高!」みたいに前向きなことしか言わない人よりも、ずっと人間くさくて魅力的ではないだろうか。 この曲の主人公が、完璧な今の彼氏より前の彼氏に惹かれたように。 最後に、この曲について語られる場所がTwitterなどのSNSではなく、YouTubeのコメント欄だったことも考えてみたい。 好きな音楽について自分の感想を書いたり、体験と結びつけて語ったりするならTwitterのほうがメジャーな気がするが、試しにTwitterで「別の人の彼女になったよ」と検索してみると、楽曲をオススメするツイートや「歌ってみた」の動画は見つかっても、YouTubeのように自身の体験を綴ったものはほとんど見当たらなかった。 これには文字数の関係や、一度書き込む流れができたから書き込んでみた、という人もたくさんいると思うのだけど、「SNSってそんなに匿名じゃないよね」という点もあるように思う。 Twitterは日常のことを断片的に綴っているから、その人の人となりがなんとなく見えてしまう。 友人や、それこそ今の彼氏、前の彼氏と繋がっていることもあるかもしれない。 そうすると、「別の人の彼女になったよ」を聴いて思いだした人のことを書けない場合も多いだろう。 YouTubeのコメント欄は、そんな人たちの受け皿になったのかもしれない。 YouTubeもそれぞれにアカウントはあるけれど、Twitterほど私生活は見えてこないし、必ずしも友人とも繋がっていない。 SNSよりも匿名性が高いのだ。 友人には言えないけれど、誰かに聴いてほしい未練や、自分でもしみったれていると思うぐずついた気持ち。 それを吐露する場所として、「別の人の彼女になったよ」のコメント欄は機能しているのではないだろうか。 「別の人の彼女になったよ」のコメント欄には、今もそんな顔の見えないストーリーが綴られている。 気になる人は、ぜひをチェックしてみよう。 作品情報 wacci 『別の人の彼女になったよ』 2018. 07 Release 3rdalbum「群青リフレイン」収録曲 通常盤[CD] ESCL-5129 ¥3,000(税込).

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wacci 別の人の彼女になったよ

別の人の彼氏になったよ歌詞

うるえです。 今回は初の試み、曲を聴いての感想を書こうと思います。 曲を聴いて感じることは人それぞれ違うと思います。 今回はあくまで理系大学3年、彼女との同棲歴半年、元カノ1人の僕がこの曲の聴いた感想です。 この曲との出会い この曲は高校時代の先輩がInstagramのストーリーに載せているところを見て知りました。 wacciさんの曲は「感情」や「大丈夫」などを聴いたことがあったので聴いてみようと思いダウンロードしました。 そしてここ1週間毎日聴いています。 笑 第一印象 「別の人の彼女になったよ」を初めて聴いた時は彼女から元カレに対して「新しい彼氏ができました。 あなたとは違って大人な彼氏でとても幸せです。 だからあなたも早く新しい彼女を作って幸せになってね」というメッセージのような印象でした。 僕は元カノのことを思い出しながら曲を聴いていました。 何度も聴いてみて なんとなく歌詞とメロディーを覚えてきた頃にしっかりと歌詞を見ながら聴いてみました。 すると第一印象の感想とは全く別のストーリーを感じ、全然違う感想を持ちました。 第一印象で感じた彼女から元カレへの「私のことは引きずらないでね」というものではなく、彼女が今カレと過ごしている間に元カレのことを思い出して引きずっている様子を感じました。 「私の方から別れを告げたから自分から連絡することもできない。 今カレより素でいられるあなたの方が楽しくてあなたを忘れられない。 だから私が諦められるように早く新しい彼女を作って」と歌っているように感じました。 この曲は彼女の失恋ソングだったんだと気づいた時切なくて少し泣きそうになりました。 そして僕の元カノは別れたことを少しでも後悔してくれたのかなと自意識過剰にもなりました。 笑 小説はほとんど恋愛ものしか読まない僕にとってはとても好きな曲でした。 まとめ 今回は初めて曲の感想を書いてみました。 きっと僕とは違うことを感じると思うので是非聴いてみて欲しいです。 そして11月からwacciさんの全国47都道府県ツアーが始まるそうです。 僕もスケジュール的に余裕があったらLiveに行きたいなと思いました。 数曲しか知らないですがどの曲もいい曲ばかりなので「別の人の彼女になったよ」を聴いた後で聴いてみて欲しいです。 そしてwacciさんの好きな曲や曲の感想をコメントして頂ければ嬉しいです。 では、今回はこの辺で urue121143.

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