剣盾 みずのとう。 Nintendo Direct mini 2020.3.26 [ニコニコあっぷる]

87: 【中野通り】都道420号線【城南・城北】 (147)

剣盾 みずのとう

被害は数十件にのぼるとみられている。 準強姦の疑いで逮捕されたのは、東京・中野区の自営業・高橋宏彰容疑者 37。 高橋容疑者は2013年9月、新宿区内の居酒屋で、21歳の女性に酒を飲ませて酩酊 めいてい させたあと、 中野区内の自宅に連れ込み、性的暴行をした疑いが持たれている。 調べに対し、高橋容疑者は「わたしがやったことに間違いない」と容疑を認めているという。 高橋容疑者のパソコンからは、酔った女性を暴行する映像が多数見つかっていて、 警視庁は、数十件の余罪があるとみて、自宅を捜索するなどして調べている。 fnn-news. imgur. 56 ID:V3R5aNoR 三宿から北が全然進んどらん。 北の長崎あたりに負けてるじゃん。 63 ID:ubnzb2Pq 世田谷も虫食い道路の宝庫だからなあ。 94 ID:mDz4IYKn 世田谷も多摩と同じで、田んぼ、畑のあぜ道が道路になっただけだからね。 16 ID:ltgmYPLj マスゾエも韓国の方ばっかり向いてないで、都内に目を向けろ。 77 ID:RIaBBa0W マスゾエがクビちょんぱになって、宇都宮が都知事になったらヤバイな。 さて、小池さんは道路についてはどうなんだろね。 三宿以北は、まったく進んでない。 25 ID:TuS0E8Wq 誰か最新情報上げてちょ。 52 ID:X5hMlAua 自分しか居ない。 21 ID:FVuW0Zsx ハッピーロード回避。 板橋高校の反対側の道路を利用するにしても、 大山駅の反対側にはハッピーロード経由前提で道路作っちゃったし。 58 ID:vjszcS13 ハッピーロード潰したところで、 最高速度40キロ、信号だらけ、道の両側を往き来出来る歩道橋なしで街が分断 誰得って感じ。 代替案を考えよう。 66 ID:0EQhsFqI ハッピーロード要らない。 大した店はない。 幹線道路をきれいな線形にするためにも、防災計画の観点からも、 当初計画どおりハッピーロードぶち抜きで進めて欲しい。 昔のことだけど。 96 ID:dejfiVtV 年末にでもハッピーロード行ってみようっと。 92 ID:dEI51mB1 五本木までもうすぐ。 2ch. 57 ID:eyWkRvYa しかし、七国も五丁目、六丁目しかないんだよな。 多分、一丁目から四丁目は地名が変更になったんだと思う。 ニュータウンだからね。 20 ID:vYsOndpO 五本木、三宿がきっかけでしょ。 59 ID:g0mVrPSS とりあえず淡島通りまで頑張れ。 90 ID:6oKr7XRU 要町3丁目の南側の拡幅箇所、解体される建物が一気に増えてきた。 一番最後まで残りそうだったピザーラのビルが解体に入ったのはビックリ。 このペースだと1年後には全部更地になりそう。 19 ID:xhynVjdJ なるね。 52 ID:Ap3UyKUR (南長崎)西武線手前の開成ビル解体完了。 中央冷熱はまだ解体中です。 (千川) カクヤス向かいのビル1棟ほぼ解体完了しました。 38 ID:Ap3UyKUR 野方給水塔辺りも空き地が徐々に増えてきています。 googleマップの空撮で見ると良く分かります。 48 ID:7E5RisNA さんくす。 あれ、掛からないんだ。 kensetsu. metro. tokyo. pdf アコレ付近の信号が1つにまとまるようです。 66 ID:bMFuadyk 補助172号線共々、道路拡幅により延焼遮断帯を形成し、防災性を向上させる事が主目的です。 65 ID:CIDaPhun まあ、仕方ないよ。 昔みたいにクルマだけ考えてれば良い時代じゃないから。 26 ID:UY3l6gEC 中央冷熱跡地は埋め戻していました。 横に置かれていたH鋼は何に使うんでしょうか。 12 ID:5oqZVa7j 野方配水塔付近 ・プレミール芳花園は解体完了し、道路用地の柵も完成。 ・芳花園住宅 バス停 前の1件も解体完了。 南長崎・千早に比べると、全体の動きはまだ小さいです。 72 ID:udPFUiSE 報告ありがとうございます。 55 ID:SQ8Kzjqb 学芸大のところもあと少しなんだよなあ。 33 ID:oeMEAvke とりえあず開通させてからの話。 61 ID:36YEZQa9 哲学堂のところは動物霊園なんだね。 人間の霊園を撤去移転させるのは難儀だけど、動物ならそこそこ簡単にできるのだろうか。 17 ID:xA50m852 南長崎6丁目付近 中央冷熱跡地は埋め戻し完了し更地になりました。 82 ID:AxhNL3bk 西武池袋線 線路わきの建物も解体おわったね。 59 ID:qVlyM4gf (千早) カクヤス向かいのビル2棟目も解体完了しました。 21 ID:EquZ49ey 見事に間だけ無くなってるね。 google. 7335467,139. 6807787,3a,23. 8y,207. 78h,94. 3m6! 1e1! 3m4! 2e0! 7i13312! 87 ID:DxNx4j3q 三階建のヘーベルハウスが建つようだ。 44 ID:VZjrbY7i 学芸大あたりは五輪に間に合いそうだけど。 三宿もなんとか間に合わせてほしいわ。 83 ID:k62TEinH 千早高校向かいの住宅3棟が解体完了し、広い空き地になりました。 今日通ったら空き地になっていました。 52 ID:CV84xW9D なんか、北の方ばっかりサクサク進んでるイメージ。 60 ID:DZHAQ46w 早くジョナのあたり広げてくれんかな。 73 ID:DxZ00npD 今日見たら、もう基礎は出来上がっていました。 80 ID:4oua4A6V 重量鉄骨三階建だね。 91 ID:uiyKXrmr 空き店舗増えて来たかあ、チャンスだなあ。 40 ID:EpcAVttY 学芸大方面も三宿方面もあと少しなんだけどなあ…。 15 ID:oNzk5JA2 淡島通りから北もさっさと進めてほしい。 47 ID:Z5ySgRHl そら、大変だな。 墓と同じくらい面倒臭いな。 72 ID:MGcl3spl 賃貸アパートはオーナー、住人全員 同時契約だよ。 79 ID:l4fEoU2n マルサの女の1シーンであったけど、賃借人が立ち退き料の大半を手にするんだってね。 41 ID:BqmDE7vW そうなんだ、ありがと。 5ch. 92 ID:lx9usQeI 目黒区防災センタ-のところもあと少し。 33 ID:lx9usQeI ハッピーロードあたりは再開発されるんだねえ。 まあ、どこも同じか…。 20 ID:G3uyoQpR それはちょっと難しそう。 目黒郵便局から五本木まではうまく行けば開通するかも。 28 ID:hW7F6bfd ネックは池尻北公園の北側の戸建て群なんだよなあ。 28 ID:tYxVvYGo でもね、戸建、分譲マンションはそれなりに解決できるんですよ。 問題なのは賃貸住宅、テナント どちらも同時に契約することが必要なので、 賃貸住宅の場合は全員が納得して同時期に契約。 1軒ずつ契約して空にしていくということができない。 テナントの場合は同時契約はもちろん、良いハコと固定客の有無も影響するので大家が立ち退きたくても店舗が嫌がるとダメ、逆もしかり。 34 ID:JeCKDyo3 そうかあ、賃貸めんどくせええ。 店舗はもっと面倒臭いんだね。 79 ID:sjF8nSxn ストリートビューが2017年9月時点に更新されて、沿道の変化が分かりやすくなりました。 84 ID:6PGlULnE ほんと! 見てみよ。 道路向かいへーベルメゾンの完成が近そうです。 72 ID:sL9VZnro へー。 あの地下道、なんであんなに奥まってるんだろうと思ってたけど、 道が広がったときを想定してたんだね。 85 ID:D1ZYYFI0 年末年始、急な入り用の時… 今月の生活費が足りないかも…。 急な出費でお財布がカラッポ…。 5ch. 05 ID:utuvAtzv 蓮華寺下からみずのとう公園への裏道のすぐ入った所の一軒解体完了してました。 google. 7236898,139. 6740444,3a,88. 9y,340. 81h,100. 3m6! 1e1! 3m4! 1s5XcA-I00uVLFBCABAHR-Iw! 2e0! 7i13312! google. 7252386,139. 6749398,3a,34. 6y,120. 72h,89. 3m6! 1e1! 3m4! 1sAMdIGDA6Z8I0OIQ8HF8T0Q! 2e0! 7i13312! google. 7241253,139. 6740242,3a,83y,99. 61h,92. 3m6! 1e1! 3m4! 2e0! 7i13312! 63 ID:ODNgPgKG. 45 ID:gREl3aup 山手通り沿い 斉藤建材の建物 売りに出てるね。 stepon. blog. 57 ID:0ibLCvig 味彩房は 420号の為の収用。 172を江古田に延ばす話しは未決定。 とりあえず長崎地区が終わってからだろうね。 imgur. imgur. imgur. 61 ID:YpPFyjrv スッキリしたね。 45 ID:3MkLxRwH ジョナ解体完了してた。 55 ID:3MkLxRwH 取得済み用地多いですね。 blogimg. 73 ID:OterJCrh とはいえ、抵抗勢力と言われ続けるのもつらいですよね。 imgur. imgur. 27 ID:o1sgjKBI 報告ありがとうございます。 imgur. 40 ID:yqQew79a 報告乙です。 sej. 52 ID:KWw1KSuH ジョナサン跡地のセブンイレブン、まだ基礎配筋中。 83 ID:KWw1KSuH 向かい側のセブンは居抜きで不動産屋とか、 隣の石材店も解体必至だから一緒に建て直すのではないかと妄想中。 31 ID:9kBvBycn ・いつの間にやら、ベンツのおいてある車庫のある家が解体されてたわ。 google. 7330917,139. 6801994,3a,19. 7y,92. 44h,87. 3m6! 1e1! 3m4! 1sHbBpvzaFQ96wogoqpxLwTg! 2e0! 7i16384! 23 ID:5gWEb4Qt 南長崎6丁目公園、道路側の植え込みとフェンスの撤去中です。 11 ID:5gWEb4Qt ジョナサン跡地のセブン、ほぼ鉄骨組み上がってた。 53 ID:ODLwkYQZ そうです。 今日通ったら道路部分は舗装済み。 公園側は新しいフェンスが出来てました。 24 ID:u2lkCxBK 見通しが良くなって良い感じですね。 汚いけどトイレは残ったのは良かったのかな。 imgur.

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87: 【中野通り】都道420号線【城南・城北】 (147)

剣盾 みずのとう

この一瞬の祇管の打坐に千古の意義が現成する。 打坐 はしかした M 打坐には止らない。 打坐の一行の意義は万行に 通じる。 即今の喫茶喫飯にも佛祖自受用の世 界が現成する。 祇管は無造作であり、無分別である。 一切の分別造作を捨て-! 自己をこの一行に放 下し 去 る処に宗教的信が現成する。 信現成はやがて証現成である。 道元禅師の宗教はこ-' に全露する。 教を信受して祇管に行ずる時、直下に教の真が現成する。 た M 無造作に信じ得ぬ処に凡夫の悲しき性が ある。 道元禅師がその教を縦横に説き明かして、容易に信じ得ぬものをも信ぜしめょぅとして言葉を尽し たものがその数々の著作であるが、中にも正法眼蔵は禅師がその半生を通じて自己の宗教を説き哲学を明 かにせんとしてその心血を注いだ禅師の主著であって、禅師の教を学ばんとするものの必読の書である。 ただ正法眼蔵は極めて難解の書である。 古来先徳の残された数々の註釈があるが、これ亦難解で、更に註 釈を要する底のものである。 明治以後次第に解し易い講義の類が現われるに至り、西有穆山禅師の提唱の 如き勝れたものもあったが、何れも眼蔵の一部に止り、漸く最近に至って全体にわたるものが出版せら れ、学者を益する処大なるものがあるに至ったが、眼蔵の本文を直接現代文に訳出することに至っては僅 かに一部に止るものはあったが、その全体に及ぶものは未だ見ることができなかった。 然るに此度中村宗一師によってこのことが企てられるに至った。 深遠な思想を流麗な、而も難解な文章 に托した正法眼蔵をその一巻で もこれ を訳出することは容易の業でないのであるが、中村師は多年の研鑽 に 基き、 九十余巻の眼蔵を余す処なく現代語に移すことを志され、全四巻の内既に三巻は出版を終え、此 度第四卷を出すことによってこの難事を完成せられるに至ったのである。 誠に盛事といぅべく、衆人待望 の書がこ ゞ に出現したのである。 中村師の熱意と努力に対し深く敬意を表する次第である。 本書は眼蔵の本文を訳文と上下に対照せしめてあるので、読者は本文と対比しながら安んじて眼蔵に参 じ得るのである。 た V 眼蔵の参究が単に文字の学に止るものではなく、身を以てこれを読誦し、その窮極 する処、祇管打坐の道元禅師の教の根本に体達するにあることを忘れてはならぬ。 現代は科学の時代であるといわれるが、科学は輝しき成果をもつ反面、人間の真の生命を傷い、人類の 未来を危機に瀕せしめる危険をはらむに至る。 道元禅師の教はこの危機を救い、人間を生命の源頭に浴せ しめる不滅の道を教えるものである。 中村師の全訳正法眼蔵の完成を祝し、あわせて一言思ぅ所を述べて序に代える。 この 原文は、大久保道舟博士が、 実に永年に亘って苦辛して集積された結晶ともいうべき、 現時において唯一のテキストである。 それを忠実に翻刻し ながら、 この 原文に よる 限り読者は安心して、さらに研究 される基盤が与えられるであろう。 二、 ただ、原文が漢字の旧書体であるため、現代的教養を持 つ読者のために、当用漢字の略体のあるものは、それを用 いて、 視覚から来る抵抗を少なく しようと 意図した。 三、 原文のルビ、即ち漢字の読みがなは、古写本に忠実に 従っているため、原典の面影を尊重して旧かなづかいのま まを掲げたが、写本の種類によって必ずしも統一されてい ないから、現代字音の発音との対照表を別掲しておいた。 四、 下段が、本文の現代訳文である。 欧米系の語学的訳文で はなく、日本的の崇高な哲学書で あるから、 逐次訳では 却って明鏡も裏を照さずに似て真意を摑み難いから、説明 的意訳の態度を持った。 だから、原本に対して訳文の長短 がまちまちと なる。 したがって、分段によって上下の位置 を揃えておいたから、対照されることを望む。 五、 説明的な釈訳ともいうべき本文であるから、不明の用語 に対しては、すべて、原文のタームによって註解すること にした。 六、原文の差別用語など蔑称とみられる用語は原文の意を損 なわない程度に意訳した。 しかし、意訳不能と思われる用 語は原文の ままに 用いて補足にょり説明する。 若専修,,家業一 道事則廃。 取不 k 捨、能応 X - 仃レ法、 是名為 k 難。 若出家、離俗絶,,諸、忿乱一 一向専心行道、為,易。 復次居家、憒 閙多事多務。 結使之根、衆罪之府。 ょ内想既除、外事亦去。 如 U 偈説ハ 閑坐 n 林樹間プ寂然滅 U 衆悪4 恬澹得 u ;1 心 斯楽非 n 天楽4 人求 n 富貴科、名衣好牀褥4 斯楽非,,安穏 求,利無 n 厭足—〇 龍樹菩薩の自問自答の文 大智度論十三巻 に、 龍樹菩薩言く、問うていう。 居家戒 在家戒 の戒法を守っても天上界に生 れることもできるし、また菩薩の道を得ることもでき、涅槃 悟り を得るこ ともできるというのに、その上に何を苦しんでか出家の戒律を用いる必要があ るのであろうか、との問いがあれば私は答えていう。 在家の五戒• 十戒を守っ ても出家の具足戒を守っても、共に仏道に入ることができるが、仏道の修行の 上において難易がある。 在家の生活はそれぞれ家業の繁雑、多端なわずらわし い業務があるのに、それらを顧みないで仏道修行に専念することになれば、家 業はおろそかとなり退廃する。 また家業のほか仏道を顧みなければ仏道が廃れ ることになる。 在家の仏道修行には、このょうな至難な事情があるから、在家の仏道の修行 は、取らず捨てずという、つまり家業と仏道をょく調和融合した中道において 仏道修行すべきである。 しかし、このことはなかなか至難なことである。 1 衲衣行,,乞食 動止心常一。 自以,,智慧眼:観,一知諸法実--01 - 種種法門中、皆以等観入。 このような実情の中から抜け出して出家生活をすることは、 実に至難なことである。 もし在家生活を投げすてて出家することができれば、たとえば人が静かな人 里離れた山野に赴いて、そこで独り坐して心を静めて無心になっている境地に 住するようなものである。 この心境は貪りの心、瞋りの心などの煩悩による迷 いはすっかり抜けきってしまって、外界の一切に何の囚われ、執愛もない境地 なのである。 「大智度論」の偈のように、 心静かに林間に坐し、悪念を去り一切の囚われの心を去りきって、心を しかと一つに収めて乱すことがない。 この心境は決して天上界の楽しみで はない。 浮世の人間界の楽しみである。 世の人は財産とか名誉とか高位高官を求め、または立派な家や道具、美 しい服飾、温い寝床をと贅沢を望むけれども、その楽しみたるや全く一時 在家の仏道修行の至難なことに対して出家の場合は、一切の在家生活の繁雑 多端な家業の一切から離れてしまって、さまざまな煩い、瞋りの心を放げ捨て て仏道修行に専念し得るから安易である。 また次に、在家生活は家業の繁雑とか忙しさのため、心は乱れて煩わしく、 2 的な楽しみで、 まことの 安楽ではない。 一つの利益を得ればさらに次の利益を追求して果てしがない。 欲は飯く ことを知らず限りがない。 しかるに出家は衲衣 人の捨てた布帛を洗って補縫したもの。 衣は袈裟 をま とい、食を信者に乞い求めて歩き、簡素な生活を送り、平常の生活の 一々 にも心を落ちつけて、すべての行いの上に仏道の精神を身につけ、智慧の 眼をもってすべてのものごとを真理として諦観するので ある。 一切のもの ごとは皆仏の心の現成であることを諦観し、いろいろな仏の教えを皆平等 のものと観じて、これを実際に応用してものの真理を把握し、寂然とし た不動の心の状態であるから、出家のものの観察には少しのまちがいもな い。 この世において、出家の心よりも優れたものは何ものもない。 だから出家して戒を守り仏道を修行することは、出家者には無量の善律儀が 身を覆い尽し、戒と身と一如となる。 出家の戒法は、男子は二百五十戒、女子は三百五十戒の多くの戒法がある。 在家の人々はその勝れた出家の法を尊び、すみやかに出家の戒を受けて解脱 の道を講ずべきである。 また仏法中において修行の難易についていぅなら、出家の修行は頗る困難で 如,,,閻浮眭提梵志、問,,舎利弗:於,,仏法 ある。 釈尊在世のときに閻浮呋提というバラモン僧が舎利弗に問うた。 以,是故、白衣等応,,,当出家 あ,,具足を 3 新草第一 出家功徳 「仏法中で何が 一 困難なことですか」 その答えに「それは名誉や財産、家族をすてて出家することであろう」と。 バラモン僧は、次のことを重ねて問うた。 「出家のどんなことが最も困難なことですか」と。 「名誉や財産、欲情など、ものの世界を捨てて、精神的な楽しみ 涅槃 を 得て喜び勇んで法を求めることがなかなか困難である」と答えた。 バラモン僧はさらに問うた。 「精神的な楽しみを得たなら、その次の困難は何ですか」と。 「心に楽しみを得ても、さらに世の中に善法を行うことが困難である。 出家 の道は心に楽しみを得ても、さらにもろもろの善法を修し行うことはなかなか 至難である。 このように出家の修行は困難であるが、善法を修してその功徳を 得るから、 一日 も早く出家するがよい」と。 もし人が出家すれば身心ともに調い少しも乱れるところがないから、悪魔王 仏道の障害をなす がその姿を見ていうに「この人はすべての欲が薄く、必ず 解脱の境に入り、僧の仲間入りができるから近寄ってはいけない」と。 仏法によって出家した人が、戒律を破って罪に堕ちても、懺悔により、その 罪が消滅したときに再び解脱することができる。 それは「優鉢羅華比丘尼本 生経」中に説いている因縁がそれである。 破戒堕.. 阿羅漢- -oti , 貝人舎:常讚出家法、 中 ハ何者最難。 舎利弗答日、 出家為,,。 又問、 出家 有,,何等難〗答 日、出家内 楽為 V 難。 既得,,内楽;復次何者為,難。 問言、破戒当 P 堕,,地 獄一云何可,破。 答言、堕,,地獄,便 堕。 諸貴婦女笑,之言、地獄受 y 罪、 云何可,堕。 出 為-,悪人'? ある日、一人の貴婦人が言った。 「私は若くて美しい。 肉体も心も張りきっ ているのです。 出家しても直ぐ破戒するにきまっている」と、優鉢羅華尼は直 ぐに答えた。 「破戒してもよろしい。 とにかく出家しなさい」と。 貴婦人はさらに問うた。 「破戒すれば地獄に堕ちるでしょう。 それが恐しい のですよ」と身ぶるいして答えた。 優鉢羅 if 尼は、なおも言葉をかえしていっ た。 「地獄に堕ちたら、それでよいではないですか」と、平然として語った。 そのとき多くの貴婦人ら一同は大いに笑った。 比丘尼は言葉をつづけた。 「私の前世のことを考えると、実は私は遊女でした。 さまざまの美しい服や 装身具を全身に着け、お客にお座なりの酔狂な姪蕩な話をしてお客を喜ばせて いました。 私はあるときふざけて出家の袈裟を身につけて、みだらな踊りをし て遊んで笑ったことがありました。 その後、私は出家の袈裟を着たという因縁 力ら過去迦葉仏のときに比丘尼となりましたが、生家が貴族であることや 美しいことを自慢したりして破戒した結果、地獄に堕ち、いろいろの苦しみを 受けましたが、釈尊のお救いによってこの世に生れ、その後、比丘尼となって 修行をして六神通、阿羅漢の位を得たのです。 もし、悪を行い戒を守らなけれ 5 新草第一 出家功徳 ば悟りを得ることができないのです。 今にして思えば、 出家して戒を受けたものは、たとえそののち破戒をしても懺悔すれば証果を得 ることができることが明らかであります。 しかし常に悪事のみしていて戒法を 氣九私 ,? それ が、酒を飲んで酔ったはずみで、その心が少し動いた。 しかし逃げてしまった が、その後これを縁としてまたいつの世にか出家をしないとも限らない」 守ったことがなければ、悟りを得ることはできないのであります」。 仏が僑"薩羅国の首都舎衛城にある祇園精舎で説法をしておられたとき、 一人の酒に酔ったバラモンの僧が、 「僧になりたい、あなたのお弟子にして下さい」と申し出た. 仏の命令で阿難尊者が彼を剃髪してやった。 酔っぱらいのバラモンの僧は、 ほどなく酔が醒めてから自分が、みすぼらしい何の魅力もない僧の姿に驚いて 何処かに逃げ去ってしまった。 弟子たちが釈尊に、 「世尊はどぅしてあんな酔っぱらいを許して僧にせられたのですか」 と詰問すると世尊はこれに答えられて、 6 世尊すでに酔婆羅門に出家受戒を聴 許し、得道最初の下種とせしめましま す。 あきらかにしりぬ、むかしょりい まだ出家の功徳なからん衆生、ながく 仏果菩提ぅべからず。 この婆羅門、わ づかに酔酒のゆ袅に、しばらく微心を おこして、剃頭受戒し、比丘となれり。 酒酔さめざるあひだ、いくばくにあら ざれども、この功徳を保護して、得道 の善根を増長すべきむね、これ世尊誠 諦の金言なり、如来出世の本懐なり。 一切衆生あきらかに已今当のなかに、 信受奉行したてまつるべし。 まことに それ発心得道、さだめて刹那ょりする ものなり。 この婆羅門、しばらくの出 家の功徳なほかくのごとし。 いかにい はんや、いま人間一生の寿者命者をめ ぐらして出家受戒せん功徳、さらに酔 と教え示された。 このょうにいろいろな出家の因縁、出家の功徳の話はたくさんあるが、在 家には五戒を持てば悟りを得ることができるが、その功徳の多少をいえば、出 家の者には及ばないことが明らかであろう。 世尊が前述のょうに、酔っぱらいのバラモンに出家し戒法を受けることを許 されたのは、悟りを得る最初の下地とせられたのである。 このことで明らかに 知られることは、出家の功徳が少なかった衆生は永遠に悟りを得ることはでき ぬということである。 このバラモンはしばしのあいだ酒に酔って本心を失い、 ほんの僅かの間でもチョッピリと出家の心を起し、剃髪し受戒して比丘となっ た。 それはその間、ほんの僅かの間であったが、他の人々にもこういう機会が あったなら、この「時」をはずさず、この功徳を大切に永く育て上げ保持し て、仏道を得て大悟の善根をますます増し発展させるべきである。 釈尊の言わ れることは正に千古の金言というべきである。 これがまた、釈尊がこの世にご 出世になった本来の意義である。 だから生ある者の一切は、過去. 未来 の三世にわたり、たえずこれを信じて体験すべきである。 世の人々は今のこの ときに、仏の金一一 a である仏の教えを一途に信仰し直ちに行うべきである。 仏道修証め心は最初の一刹那にある。 このバラモンの酔ったあげくに出家、 受戒の僅かの出家のマネをしたばかりでも、その功徳は広大である。 われわれ 7 新草第一 出家功徳 婆羅門よりも劣ならめやは。 転輪聖王は、八万歳以上のときにい でて、四洲を統領せり、七宝具足せ り。 そのとき、この四洲みな浄土のご とし。 輪王の快楽、ことばのつくすベ きにあらず。 あるいは 三千 界を統領す るもありといふ。 金銀銅鉄輪の別あり て、 一二三 四洲の統領あり。 かならず 身に十悪なし。 この転輪聖王、かくの ごときの快楽にゆたかなれども、かう べにひとすぢの白髪おひぬれば、くら ゐを太子にゆづりて、わがみすみやか に出家し、袈裟を著して山林にいり修 練し、命終すればかならず梵天にう まる。 このみづからがかうベの白髪を 銀函にいれて、王宮にをさめたり。 の ちの輪王に相伝す。 のちの輪 王、 また 白髪おひぬれば、先王に一如なり。 転 輪聖王の出家ののち、余命のひさしき こと、いまの人にたくらぶべからず。 すでに輪王八万上といふ、その身に 人間は一生涯の生命を堵して出家受戒する功徳が、どうして酔漢バラモンに劣 ることがあろうか、いや決して劣るものでない。 転輪聖王 身に三十二相を具し即位のとき天より輪宝を感得し、その輪宝を転じて四方 を降伏する王 は、人寿が八万四千歳のときに世に出て、天下四州全土を統一し て善政を布いた。 王の宮殿、道具、装身具の凡てはいずれも天下の珍品と称せ られるほどの宝物をもってした。 このときの天下四洲はまるで極楽のように美 しく、その人民は皆王の善政を謳歌し礼讃した。 王の得意と心中の快楽は言葉 では言い尽くせぬものがあった。 また金輪王 東西南北の四洲. 銀輪王 東西南の三洲• 銅輪王 東南の二洲• 鉄輪王 南洲、われわれの住む洲の一洲 などと王の区別があって、その区別はそ の勢いの強弱、版図の大小などにより、大小の別がある。 この輪王の名は政治 を輪の如く、自由平等に転ずるの意味によるのである。 これら転輪王ともなれば、何れも十善を修し善根を積んでいるから、十悪な ど起すことは決してない。 これらの王の生活は、常に世のあらゆる贅沢の限りを尽くし、いわば快楽そ のもののなかに日日暮しているのであるに拘わらず、頭に一本の白髪が生ずる と王位を太子に譲り、直ぐ出家、受戒して、僧衣である袈裟を搭けて独り静か に山林にのがれ修行することを以って慣例とした。 命終われば必ず天上界に生 8 三十二相を具せり。 いまの人おょぶベ からず。 しかあれども、白髪をみて無 常をさとり、白業を修して功徳を成就 せんがために、かならず出家修道する なり。 いまの諸王、転輪聖王におょぶ ベからず。 いたづらに光陰を貪欲のな かにすごして出家せざるは、来世くや しからん。 いはんや小国辺地は、王者 の名あれども王者の徳なし。 貪じてと どまるべからず。 出家修道せば、諸天 よろこびまぼるべし、 龍神う やまひ保 護すべし。 諸仏の仏眼、あきらかに証 明し、随喜しましまさん。 戯女のむかしは信心にあらず、戯笑 のために比丘尼の衣を著せり。 おそら くは軽法の罪あるべしといへども、こ の衣をその身に著せしちから、二世に 仏法にあふ。 比丘尼衣とは袈裟なり。 戯笑著袈裟のちからにょりて、第二生 れ、大梵天王となって娑婆世界を統領するのである。 前王が昇天すると、その 白髪は銀の箱に入れて王宮に収め、現在の王に伝える。 現在の王も白髪の生ず るを期として、前王と同じく出家受戒して仏道修行に専念する。 転輪王の寿命の長いことは、今の人々に比べると問題でない。 八万歳以上と いう。 王はその身に三十二相を具えている。 それは転輪王と釈尊だけである。 このょうな尊い王でも白髪を見て無常を悟り、出家修行して仏果 悟り を得 ょうとするのである。 徒らに時を貪欲のなかに空しく暮して出家しないと、来 世になって悔むであろう。 今の諸国の小国辺地の王者らは転輪王に比べると、 領土にしても、力量から見ても、ただ王の名はあるが王者の徳がない。 徒らに 貪るばかりのみに生きていることは全くあわれである。 そのことを自覚して出 家修道すれば、もろもろの諸天の善神も喜び修道を護持し、龍神もうやまい守 護せられるであろう。 また諸仏も明らかにこれを見て功徳を証明し、この人と 修行を共にするであろう。 蓮華色比丘尼の因縁中、前世の遊女のときは仏道を信心していなかった。 比丘尼衣とは袈裟のことである。 出 家受戒し、比丘尼となれり。 破戒によ りて堕獄受罪すといへども、功徳くち ずしてつひに釈迦牟尼仏にあひたてま つり、見仏聞法、発心修習して、なが く三界をはなれて、大阿羅漢となれり。 三明を具足せり、かならず無上 道なるべし。 しかあればすなはち、はじめより一 向無上菩提のために、清浄の信心をこ らして袈裟を信受せん、その功徳の増 長、かの戯女の功徳よりもすみやかな らん。 いはんやまた、無上菩提のため に菩提心を おこし、 出家受戒せん、そ の功徳無量なるべし。 人身にあらざれ ば、この功徳を成就することまれな り。 西天東土、出家在家の菩薩• 祖師 おほしと いふとも、龍樹祖師におよば ず。 酔婆羅門• 戯女等の因縁、もはら 龍樹祖師これを挙して、衆生の出家受 戒をすすむ。 龍樹祖師すなはち世尊金 口の所記なり。 世馨 n 、 南洲有,,四種最勝。 M 仏、 となった。 その後また破戒を犯して地獄に堕ち、苦しみを受けたが、袈裟の功 徳の力がまだまだ残っていて、遂に釈迦牟尼仏に値い奉り、戒法を承けて修行 し、永くこの世の煩悩迷妄を解脱して大阿羅漢となり、三明 現在の煩悩を解 脱する明知• 六神 通 三世のときの因縁を知る 自在 力 を体験し得たのである。 こ れがまちがいのない無上の悟りの道なのである。 このような道理であるから、仏道に帰依する最初の発心は、かならず初めか ら、専ら無上道のために、清浄な信念を起して袈裟を拝受すれば、その功徳は 広大で あり、 増大することは、遊女の功徳よりも早いであろう"まして無上の 悟りを得るために、悟りを求める心を起して出家受戒すれば、その功徳は無量 であろう。 この無量広大の功徳は、受け難い人間でなければ成就すること稀で ある。 , ィンド、中国において出家や在家の菩薩、祖師は多いけれども、龍樹祖師 のような偉大な祖師に及ぶ人はなかなかいない。 前述の酔漢のバラモンあるい は蓮華色比丘尼などの因縁の話をとり上げたのも、衆生の出家受戒をすすめる ためである。 龍樹菩薩は釈尊の説法そのまま、そのものである。 釈尊の言われるように、 10 二聞法、三出家、四得道。 あきらかにしるべし、この四種最 勝、すなはち北洲にもすぐれ、諸天に もすぐれたり。 いまわれら宿善根力に ひかれて、最勝の身をえたり。 歓喜随 喜して出家受戒すべきものなり。 最勝 の善身をいたづらにして、露命を無常 の風にまかすることなかれ。 出家の生 生をかさねば、積功累徳ならん。 世尊言、於,,仏法中 出家果報、不 可思議。 七宝塔者、貪悪愚人、能破 壊故。 出家功徳、無,有,,壊毀〇是 故、若 i 二男女 若放,,奴婢• c —' i 若聴 n 人民 若自己身、出家入道者、功徳 ナラン 無量。 「南の国 南閻浮洲 には、四つの勝れたことがある。 一つは、仏教が行わ れていること。 二つは、仏教の説法が聞けること。 三つは、出家がいること。 四つは、仏道を成就することなどである」と。 若 起,悪者。 則非,,出家— 〇出家之人、身口 相応。 それ出家の自性は、憐愍一切衆生、 猶如赤子なり。 これすなわち不起悪な り、身 P 相応なり。 その儀すでに出家 なる がごと きは、その徳い まかく の ご とし。 出家は悪心を起してはならない。 悪心を起す者は出家ではない。 出家 は、すべて身を以て行うこと、言行一致 である ことで ある。 巧言令色は出 家の行でなく、仏行とは言えない。 私は無上正覚を得るために二十九歳のとき、父母. そのときは、まさに あら ゆ る善法の行いを修行して功徳を積む好時節であった。 徒らに悪を行うべき 時節ではなかった。 善行というのは、別に外のことでない。 ただ一切の衆生を愛し憐れみ恵 むことである。 母がその子を愛するようにすることである。 出家本来の本質は一切衆生を憐れみいつくしむ こと、 「猶赤子を母の愛撫す るよう にす ることである」。 この 行いを体験す ることである。 また 不善、 悪と いう ことは 衆生を憐れまない こと、 愛しない こと、 いつくしまない ことであ る。 その 心行が 相と なったものが出家で あると いうなら、 その 徳は そのよう に 慈悲の心を以て世に対処す るべきである。 仏の言われるに 摩訶般若波羅蜜経• 序 品 、 また、次に舎利弗、大菩薩たちよ、もし人が出家の日に この 上ない正覚 を体験し、またその日のうちに説法の座を開いたとき、煩悩. 妄想の塵や 21 新草第一 出家功徳 垢を打ち払い、 あらゆるものごとの 真理を明らかに見究め、理解し、眼を 開こうと願うならば、 一切の法 ものごと に 囚われない 心境を得るため に、諸漏心 諸の 煩悩 を解脱し ようと 思い、またたくさんの衆生が無上 の正覚を得て一歩 も 退かぬ という 決意と力を得ん ことを願うならば、 先ず 般若波羅蜜多 般若とは、真理に通達〈体験〉する仏智、波羅蜜多は度る意、仏智 の働きで、迷いの此岸から悟りの彼岸に度る意。 仏道の修証の願行をいう を学ぶこ とで ある。 いは ゆる 学般若菩薩とは、祖祖な ここにいう般若を学ぶ菩薩というのは、釈尊以来の歴代の祖師のことであ り。 : L かぁるに、阿耨多一1 縁三 菩提る。 し、無量阿僧祇劫に修証するに、有辺 しかるに、般若を学ぶ修行として学ばねばならぬこの上もない 覚りは、 必ず 無辺に染汙するにあらず。 学人しるべ出家したその日のうちに成就せねばならぬ。 千里の道もその第一歩に始 るよう に、出家の道も初発心、最初の発心において無上の覚りの道を体験せねばなら ない。 しかし、覚りは初発心のときに実現し体験するとすれば経典にあるよう に、菩薩になるのに長い長い年月を要するのではないかと思うであろうが、そ の通りではあるが初発心での悟りはそのまま衆生教化のための長い間の修証が そのものなのである。 しかしその修証は、有辺際だの無辺際だのという対立し た偏したものでない。 また このことが 出家の全体である。 修行する者は こ の消息をょく見究めねばならない。 仏の仰せられるのに 大般若波羅密多経卷三• また無数の衆生をして般若すなわち仏智を得て煩悩を断って、永遠 に解脱させることができるであろうか。 また無数の衆生をして皆覚りを得 させて少しも退かさせないであろうかと。 このょうな考えを作すならば、 もし菩薩、大菩薩がこのことを実現したいと思うなら、先ず般若波羅蜜多 を学ばねばならぬ。 ときに仏が仰せられたが、これは とりもなおさず 最後身 菩薩の最後の位で仏 になる直前の身分 の菩薩として、この世に出現せられた菩薩として カピラヴァ スッの王宮に降り、父を浄飯王、母を摩耶夫人として降誕せられ、二十九歳 のとき国と太子の位を捨てて出家、六年の苦行ののち菩提樹下に成道せられ、 最初の説法をしてから釈尊一代の横! i 竪 i 、 衆生救済の功徳を述べられたのが この一文なのである。 以-一天妙衣一承 t 接 I。 爾時諸天、以 M 彼勝上天諸供 具ハ而供,,養之— 〇 これ釈迦如来そのかみ太子のと き、 夜半に踰城し、日たけてやまにいり て、みづから頭髪を断じまします。 と きにじ tt 摩无 きたりて、頭髪を剃除した てまつり、袈裟をさづけたてまつれ り。 これかならず如来出世の瑞相な り、諸仏世尊の常法なり。 三世十方諸仏、みな一仏としても、 在家成仏の諸仏ましまさず。 衆生 の得道、かならず出家受戒にょるな り。 おほょそ出家受戒の功徳、すなは ち諸仏の常法なるがゆ袅に、その功徳 無量なり。 聖教のなかに在家成仏の説 じて、優美な宝玉• 宝石類で作られた装身具をぬぎすて、七宝の剣を抜い て頭髪を左手でおさえて右手で切り落し、これを空中に投げ上げたとこ ろ、 帝釈天がこれを見て大いに歓喜し、自らの衣にその髻を受け取って 天に 1り、これを諸天人とともに歓喜してこの髻を礼拝し供養した 仏本 行集経第二十二• 剃髪染衣品。 この釈尊がまだヵピラヴァスッの太子の 頃、 夜半に城を抜け出して東方の藍 i : 城に向って進んだが、次の日の昼過ぎに城外の山林に 入り、 宝石で装飾され た服を捨て、宝剣をもって自らの手で頭髪を切り落した ときに"和齡天が現われて、太子の頭髪を剃り袈裟を捧げ奉った。 このことは 釈迦牟尼如来出世の吉瑞のしるしであった。 また歴代諸仏の「常法」 しきた り でもあった。 過去、現在、未来の三世に通ずる諸、仏、十方の諸仏で一人の仏も在家のまま で成仏した方はおられない。 過去の世の仏がこのようであったという前例があ り、それに従って出家し受戒するから功徳があるのである。 ゆえに衆生の得道 はるず出家受戒によらねばならない。 何故なら、およそ出家受戒の功徳は諸仏 の常法であるから、その功徳は無量である。 仏法の教えのなかでは在家のまま で成仏したという説 涅槃経卷四、法華経五巻にあると「渉典録」に見える がある 24 あれど、正伝にあらず。 女身成仏の説 あれど、 またこれ 正伝にあらず。 仏祖 正伝するは、出家成仏なり。 第四祖優婆毪多尊者、有,,長者子ハ名 日,,提多迦 来礼, 尊者 志,,求出家-〇 尊者日、汝身出家、心出家。 答日、我 求二出家一非レ為二身心 — 〇尊者日、不レ為一一 身心一復誰出家。 答日、夫出家者、無こ 我我所— 〇無,我我所,故、即心不,,生滅4 心不,,生滅 即是常道。 諸仏亦常。 心 無,,形相一其体亦然。 それ諸仏の法にあふたてまつりて出 が、これは歴代の諸仏が正伝した仏道ではない。 女人としてそのまま成仏した という説もあるが、仏祖正伝の仏道ではない。 諸仏正伝の仏法は出家にょって のみ成仏することである。 ィンドの仏教の第四祖優婆毯多尊者 伝燈録卷第一所載 の処に、長者の子で 提多迦という者がいた。 ある日、優婆毯多尊者に出家したいと申し出た。 尊者 は「お前の出家は身の出世か心の出世か」と問うと、提多迦は「いや身心のた めではありません」と言うので、尊者は「お前の身心のためでなければ誰が出 家するのか」と言うと、提多迦は「私が出家を求めるのは自分の身心のためで はない。 元来、自分というものは主体も相もない無我の相ではないか。 自己の 所有して執着する何ものもない、したがって心が生滅するということがありま せん。 ですから不変の真理が現成するのであります。 真理の活現である諸仏も 亦常住不変であるのです。 心に執着する形相もなく、心もまたその主体も同 様です。 あらゆるものごとはすべて、地、水、火、風の四大にょる仮りの集 積、調和体にすぎません。 要するに執着する何ものもありません」と答えた。 これを聞いて尊者は「お前は正に大悟して、心には我の心も無く、我の所有 のものも無いことを体験しなさい。 この上はますます仏法僧の三宝に依り仏法 興隆につとめるべきである」と、出家の戒法を授けられた。 諸仏の法に親しく逢うことができて出家することは、勝れた果報である。 25 新草第一 出家功徳 家するは、最第一の勝果報なり。 その 法すなはち我のためにあらず、我所の ためにあらず。 、 身心の出家するにあらず。 出家の我我 那にあらざる道理かくのごとし。 我我 所にあらざれば、諸仏の法なるべし。 ただこれ諸仏の常法なり。 諸仏の常法 なるがゆ袅に、我我所にあらず、身心 にあらざるなり。 三界のかたをひとし くするところにあらず。 かくのごとく なるがゆ袅に、出家これ最上の法な り。 頓にあらず、漸にあらず。 常にあ らず、無常にあらず。 来にあらず、去 にあらず。 住にあらず、作にあらず。 広にあらず、狭にあらず。 大にあら ず、小にあらず。 作にあらず、無作に あらず。 仏法単伝の祖師、かならず出 家受戒せずといふことなし。 いまの提 多迦、はじめて優婆毪多尊者にあふた てまつりて出家を もとむる 道理、かく のごとし。 出家受具し、優婆毪多尊者 に参 じ、 つひに第五の廣師とな士り。 身心の出家でもない、出家することは我や我の所有物へ の 執着で もない。 我や我の所有物のためでない諸仏の法である。 諸仏の常法で あるから、我や我の所有物の執着のためでない。 世の凡人と肩を較べて見るベ き処のものではない。 このような道理であるから、出家は最上の法である。 正しい道である。 出家 は相対的な言葉を以て表わせない直に頓速に説く「華厳経」のようなものでな く、またゆっくりと盤知にとく「阿含経」や「般若経」のように、対手を導く 手 MJ いものでもない。 無常でなく、常住で なく、 人として住ま6でなく、強い てなすことでなく、どこから来たものでなく、どこへ行くものでもない。 また ' F ったものでもなく、作られないものでもない。 また広い狭い、大小の差別の M をはなれたものである。 仏法単伝の諸仏は、出家受戒せられぬということは ない。 MJr かはじめて尊者に歡って出家を求めた道理はこのような有り様で ある。 提多迦は遂に尊者について修行参学して、ィンドの仏教の第五祖となら れたのである。 第十七祖 齡越 il;t 齡尊者 伝燈録卷第三所載〕は、ィンドの一一大強国僑薩羅国の 26 莊厳王之子也。 生而能言、常讚,,仏事 - o 七歳即厭,,世楽--〇以,偈芦,其父母,日、 稽首大慈父、和南骨血母、我今欲,,出 セントコヒネガハクハ シタマフガニ m リム 家一幸願哀愍 故。 父母固止, 之。 遂終日不,食。 ただし宿善のたすくるところ、 天光のなかに坦路をえたり。 つひに王 宮をいでて石窟にいたる、まことに勝 首都室羅閥、即ち舎衛城主宝荘厳王の子である。 生れて直ぐことばを話した といわれている。 常に焼香礼拝を好み、七歳の頃から子供らしい遊びごとを好 まなかった。 あるとき父母に詩を示して「私は大慈心で肉身を与え給うた父を 敬礼し、また母を敬礼します。 私は今、出家したいと思います。 懲れみを垂れ 給うてお許し下さい」と請うたが許されなかった。 一日中、食をとらなかった ので両親も遂に出家を許し、僧名を僧伽難提と名づけた。 そして沙門の禅利多 について王宮内で仏道の修行を十九年間も行じたが何の功徳もなかった。 尊者 は王宮で修行していては本当に出家したことにはならぬことを知った。 ある日 の夕方、夕陽がさして道が平坦になったのを見て、思わず誘われて王宮を出て 行くこと遂に十里ばかりの所にある巨大な巌の奥の石窟を求め、ここで坐禅修 行することにした。 このことを知った父王は師の禅利多をはげしく嘖めた。 そ れから附近を多くの家来に命じて探し廻らせた。 何の消息も得られなかった。 それから十年後、僧伽難堤は第十六祖羅眼羅多尊者に遭って法要を聴き仏道 修行を重ね、遂に羅喉羅多尊者の印可 悟道の証明 を得、後には諸国に行脚し て摩提国に到った。 その後、遂に十七祖となった。 出家の名は僧伽難提のときから始まるといわれている。 ただし以前か らの善行の助けにょるものである。 彼がある夕暮に、夕陽の光が室内へ差し込 んだが、その光に一条の砥石のょうな平坦な道を見て、それに心が動いて遂に 27 新草第一 出家功徳 躅なり。 世楽をいとひ俗塵をぅれふる は聖者なり、五欲をしたひ出離をわす るるは凡愚なり。 盧 居士はすでに親を辞して祖となる、出 家の功徳なり。 龐居士はたからをすて てちりをすてず、至愚なりといふべ し。 盧公の道力と龐公が稽古と、比類 にたらず。 あきらかなるはかならず出 家す、くらきは家にをはる。 黑業の因 縁なり。 南嶽懐譲禅師、一日0歎日、夫出 家春、為 M 無生法、天上人間、無レ有'一 スグルル 勝者— 〇 いはく無生法とは、如来の正法な り。 天上といふは、欲界に六天あり、 王宮を出て石窟にはいった。 このことはまことに勝れた手本となるべき行跡で ある。 世間の楽しみを嫌い俗界の塵のょうな汚染した生活、その煩わしさを憂 えるのは世の模範となって人を導く聖者である。 煩悩に囚われ悟りの道をいと うのは凡人の常である。 盧居士 六祖の姓は盧氏の故に六祖を盧居士という〕は、 一人の母親を捨てて出家受戒し、遂に釈迦如来正嫡の三十三代の祖、中国禅宗 の六祖大鑑慧能大師となられた。 これに反して龐居士は家財をすて、仏教を学 んだが遂に塵の世を捨て切れず、俗弟子で一生を終ったことはまことに愚の至 りである。 六 祖の盧 公の 仏道を求める力と、龐公の仏道を学ぶ心とは到底比較 にならぬ。 ここで明らかなことは、仏道を求めるならば必ず出家することであ る。 その 0 JK 赋がないものは一生在家の仏教徒で終る。 このことは過去世に仏道 との縁を結ばないという悪業の因縁で、ある。 六祖の門下 第一の南岳懐譲禅師は十五歳で荆州の玉泉寺の弘景律師について 出家した。 ある日、自ら 讚嘆していうのに 「出家と いう ことは 生滅に渉らぬ 無生の法で ある。 若如,是者、 是名 n 出家—〇 仏祖の正法かならずしも知不知にか かはれず。 出家は仏祖の正法なるがゆ 表に、その功徳あきらかなり。 仏の悟りの体験そのものである。 その故に、 天上、人間界において無上に勝れたことである。 天上には様々な種類がある。 三界のうちの欲界にも六欲天があり、色界の四 禅天、これを さらに 細分して十八天があり、無色界にも最高の有頂天をはじめ 四天がある。 しかしながら出家得道とは比較できない。 馬祖の第一の弟子幽州盤山の宝積禅師 後世普化宗の祖、鎮州普化和尚の師匠 は、 あるとき 上堂して大衆に示して申されるのに、 「今、我が道場の下に集る諸賢よ、仏道を学ぶ者は、恰も大地が山を支えて 重いとか軽いとか、山は高くて険しいこととかを知らず、また石はそのなかに 宝玉が入っているかどうかを自ら知らないでいるようでなければならぬ。 この ような境地を出家という」と。 この仏祖の境地の提唱は、世間の哲学や科学の知識では、この真髄を捉え得 るものでない。 実際に自己の心内を深く究め、行の上に体験する ことで ある。 その功徳は明らかな事実であって、あえて知識の証明は必要でない。 鎮州の臨済院の義玄禅師の語に、 「それ出家たるものは当然、日常の茶を飲んだりご飯を喰べたりする日日の 生活の上において、真実でうそのない正直な考えをもって凡てのことについて 弁ずべきである。 仏法とは何ぞ、魔とは何ぞ、直実とは何ぞ、偽とは何ぞ、凡 29 新草第一 出家功徳 名為,,真正出家 - -o いはゆる平常真正見解といふは、深 齡亂一 T 深信三宝等なり。 辨 仏といふ は、ほとけの因中• 果上の功徳を念ず ることあきらかなるなり。 真偽凡聖を あきらかに辦肯するなり。 もし魔仏を あきらめざれば、学道を俎壊し、学道 を避紀するなり。 魔事を覚知してその 事にしたがはざれば、辦道不退なり。 これを真正出家の法とす。 いたづらに 魔事を仏法とおもふものおほし、近世 の非なり。 学者はやく魔をしり、仏を あきらめ、修証すべし。 とは何ぞ、聖とは何ぞとよく弁別し、正邪曲直の区別をよく弁じ明らめ、迷え ば地款、餓鬼、畜生などの六道に堕ちる人間で あり、 悟れば小乗の聖者や大乗 の厶 になり得るこの身であることを弁じ明らめねばならぬ。 かように弁じ明ら める ことのできるのを出家というのである。 もしこれに反して魔と仏が弁別し えないようでは、三界火宅の家を出てまた火宅に入るというものである。 これ らの人々は真実の出家とはいえない」と。 臨済のこの言葉の「平常真正の見解」とあるのは、深く原因. 衆生済度という修行中のその功徳が、 そのまま仏の- r - sIES りであることが明らかとなることである。 またそれが仏道に契う 真偽の道理を判断することである。 ぎない。 却って仏道を破壊し仏道修行を 妨害し退歩せしめる。 もし悪魔• 外道のことを知ってそれに従わなければ修行 は 後退せず前進で きる。 それを真正の出家の法と いう。 ぃ1512悪魔の法を仏法と思うものが多い近世の仏道の風潮は誤った見解であ る。 学人は早くこれらの魔を知り、仏を明らかにし修証しなければならぬ。 我若不,聴,,善星出家一其人 次当王得レ紹,一王位--〇其力自在、当, 壊,,仏法—〇以,,是因縁 我便聴,,其出家 修道--〇善男子、善星比丘若不,,出家一 亦断,,善根 於 n 無量世 都無,,利益-〇 今出家己、雖,断,,善根一能受,,持戒ハ 供,,養-恭敬、耆旧• 如レ是衆生、不 k 親 m 善友 不,聴 n 正法一 仏は八十歳の寿命がつきて、まさに御入滅の直前に、大迦葉菩薩が仏に申し 上げていうのに、 「仏は善悪のことは勿論、この仏智の力を具えておいでになり、あらゆるこ とを究め知っておられますから、彼の善星比丘が因果を否定し善根を断つであ ろうということについても、勿論ご承知と存じますが、なぜ彼のような人間に 出家を許されたのですか」と問うと、仏はこれに答えて、 「私は昔二十九歳で初めて出家したが、私の異母弟の難陀、従弟の阿難、提 婆達多、私の子の羅喉羅などが私の成道後三年目、私の郷里の迦毘羅城に帰っ たとき皆悉く私に従って出家し修行に専念した。 しかしその一人であった善 星の出家を許さなかったなら、善星は私の第二の姫「鹿野」の子であるため、 難陀、羅喉羅の出家の後をうけて、城中にあって皇太子となって迦毘羅城の王 位を嗣ぐであろう。 彼の性格や力量を見るに獰猛な活動力を利用して遂に仏法 を破壊するであろうことが見届けられた。 こういう理由で、彼を出家させるこ とによって、その難を免れるだろうことを考えて彼の出家を許したのである。 諸大衆よ、善星比丘がもし出家しないで、彼が悪事をするようなことがあれ ば、未来永遠に浮かぶ瀬のない利益のない地位に至ったであろう。 しかるに今 は出家して修道 仏道を修行する をしている。 しかし因果を信ぜず善法を修せ ないが、戒律をよく守り三宝を供養し、長老や高徳の僧たちを尊敬している。 31 新草第一 出家功徳 不,,善思惟一不 n 如法行— 〇以,,是因縁一 能断,,善根 具,,不善根4 しるべし、如来世尊、あきらかに衆 生の断善根となるべきをしらせたまふ といへども、善因を さ、 つくるとして、 出家をゆるさせたまふ。 大慈大悲な り。 断善根となること、善友にちかづ そして禅定は初禅から始めて阿羅漢の修する四禅を修している、これらの行は そのまま善因となる。 善因は他日善法を生ずる原因となって、その善法に よっ て仏道を修習 修行して身につける すれば必ず悟りを得るであろう。 私はこういう理由で善星の出家を許したのである。 もし私が善星に出家を許 さないとなれば、諸大衆は私を称して、如来は十力を具足し全智全能というこ とができぬといわれるであろう。 諸大衆よ、仏は一切衆生があるいは善法を具足し、あるいは不善行の性格を 具足すると弁別する。 しかしこの人は善行を行うが、また悪行を行う。 善不善 の行いをする性質を持っていると弁別して、さらに遠からずよく凡ての善行を やめて悪行を行うであろうと弁別するのである。 何となれば、こんな衆生は、 善い友達に近よらず、仏の説法をきかず、また善いことを考えず、正しい行い をしないから、この因縁で必ず善根を断じて悪行をすることになるであろうと 弁別がつくものである。 今の善星の場合も、必ず他日善行を修するであろうと 弁別がついたから出家を許 L たのである」と、仰せられた。 われわれは以上のことを知らねばならない。 それは釈尊は明らかに衆生が善 い行いを断ずる理由を能く承知しておられるが、将来善い行いを修すべきこと を授けたいものと考えて、善星比丘に出家を許したのである。 これは実に仏の 偉大な慈悲のおかげである。 善根を断ずるとはどのようなことかというに、先 32 かず、正法をきかず、善思惟せず、如 法に行ぜざるにょれり。 いま 学者、か ならず善友に親近すべし。 善友とは、 諸仏ましますととくなり、罪福ありと をしふるなり。 因果を撥無せざるを善 友と し、 善知識とす。 この人の所説、 これ正法なり。 この道理を思惟する、 善思惟なり。 かくのごとく行ずる、如 法行なるべし。 しかあればすなはち、衆生は親疏を えらばず、ただ出家受戒をすすむべ し。 のちの退不退をかへりみざれ、修 不修をおそるることなかれ。 これまさ に釈尊の正法なるべし。 仏告 ,一 比丘;当 レ 知、閻羅王、便 サク ノヲ レニ レノニカシノ ヲ 作,,是説 我当,. 今得,, ず善い友達に近よらず、仏の正法をきかず、善い考えをなさず、法の如くに修 行しないことである。 仏道を学ぶ者は必ず善い友達に近づき交らねばならぬ。 善友とは、諸仏がこ の世におら'れることを説いて聴かせる人である。 また、この世の罪悪と幸福の 因果 一切 現象の 因と 果とは同時の現 成であり、因 中に果を持し、果中に 因を 持す因果不二 の真理 の道理を教え示す友を善友、善知識というのである。 こういう友達の 説くところは必ず正法に契っているのである。 この道理を考えることを善思惟 というのである。 かように行うことを、法の如く行うというのである。 それだ から衆生は自分に親しい人とか親しくない人だとかの区別を立てず、誰にでも この功徳ある「出家受戒」をすすめるべきである。 出家後、その修行を怠って、修行が退歩しようが進歩しようがそんなことを 反省する必要もない。 修行す ると かしないとかを恐れる必要もない。 形式でも よいから出家した功徳を積ませ、他日善根功徳を積む因縁とするように勧める のがよい。 これを釈尊の教え給うた正法というのである。 釈尊が大衆に説いて言われた。 閻魔王が「私はいつの日にかこの苦難の地獄を脱し、人間世界に生れ人身を 受けたなら、たちまち出家して剃髪し、三法衣 三種の袈裟、大衣、七条衣、五条 衣 をつけることを念願した」といっている。 すで t ぅまれたる 人、いそぎ剃除鬚髪し、著三法衣し て、学仏道すべし。 これ余趣にすぐれ たる人中の功徳なり。 しかあるを、人 間にぅまれながら、いたづらに官途世 略を貪求し、むなしく国王大臣のつか はしめ として、: 屯を夢幻にめぐら し、後世は黒闇におもむき、いまだた のむ ところな きは 至 愚なり。 すでにう けがたき人身をうけたるのみにあら す。 それに何ぞ汝ら比丘は幸いに今、人身を受け沙門 出家 となることを 得 たではないか。 何という幸福な身の上ではないか。 だから大衆は、常に身と口と心の三方面に仏法を行うことを念じ、少しも乱 れることのないように努力修行しなくてはならぬ。 また正に貪り、瞋り、ぁ慢 り、嫉妬、邪慳の五つの煩悩執着を滅し去って、信念、精進 努力 、正念、禅 定、智慧などの修行、すなわち、眼、耳、鼻、舌、身の五根の修行をせねばな らぬ。 これらのことを修行することを怠ってはならぬ。 仏のこの教えを聴いて 大衆らは大いに歓喜し、これを実行した 起世因本経第四. 地獄品所蔵。 この経典の文で明瞭となった。 地獄の王の如きものです らん 間に生れること を切に願っているのである。 まして、受け難き人身を受けている人々は、急い で剌髪して、袈裟をつけて仏道を参学修行せねばならぬ。 このように出家ので きるのは地獄、餓鬼などの悪道よりもっとも秀れた人間界に生れたもののみの 功徳である。 に官人や産業界 に身を投じ、国王大臣の使用人として、また金銭の奴隸となって一生を夢幻の ように空費し、後の世は闇黒の地獄に堕ちてしまい、心の頼みとするもののな いのは愚の骨頂である。 われわれは今ここに、すでに受け難き人身を受けたのみでなく、また 遇うこ との至難な仏法にあい奉ることを得たのである。 一時も早く速かに出家し、仏 34 ず、あひがたき仏法にあひたてまつれ り。 いそぎ諸縁を抛捨し、すみやかに 出家学道すべし。 国王大臣• 妻子眷属 は、 ところごとに かならずあふ。 仏法 は優曇華の ごとくに してあひがたし。 おほょそ無常たちまちにいたる とき は、国王• 珍宝たすくるなし、ただひとり黄泉に おもむくのみなり。 おのれにしたがひ ゆくは、ただこれ善悪業等のみなり。 人身を失せん とき、 人身ををしむここ ろふかかるべし。 人身をたもてるとき、 はやく出家すべし。 まさにこれ三世の 諸仏の正法なるべし。 それ出家行法に四種あり、いはゆる 四依なり。 一、尽形寿樹下座。 一一、尽 形寿著糞掃衣。 三、尽形寿乞食、四、 尽形寿有病服陳棄薬。 1行,,此法 方 名 n 出家一方名為レ僧。 若不,行,此、不こ 名為,僧。 是故名,,出家行法-〇 道修行をする ことが 大切である。 それには急いで常に環境のために執われ、引 きずり廻されている種々の縁を断ち切って、全てを捨ててしまい、速かに出家 しなさい。 国王、大臣、妻子、眷属は、因縁があれば必ず遭う ことができる。 しかし仏法は優曇華の如く、なかなか遭い難い。 すべて無常の風が吹くときは、国王でも、大臣でも、いかに親しい者でも、 天下の珍宝であっても、死の道連れにするわけにはいかぬ。 ただぼれ一人、死 の国に赴くのみである。 ただ己れが連れてゆけるものは、生前の善悪邪正の行 いのみである。 いざ死に直面したとき、初めて この 生命の貴いこと、得難きこ とを悟り惜しむであろうが、今それを思って生命あるうちに出家すべきであ る。 正に出家は諸仏の正法である。 出家の修行の法に四種がある。 この修行の法を四依という。 四依とは、一は生命のあらん限り樹下に坐禅すること、二は生命のあらん限 り糞掃衣 棄 てるべき 古衣の小切の綴り合せた衣、清い衣 を着ること、三は生命の あらん限り信者の家に食を乞うて生活すること、四は生命のあらん限り病のと きは陳棄薬を服すること。 これらのことを実行する者を出家あるいは僧と 名 づけ、 もし この四つを行わ ない者は出家僧とはいわない。 故にこの四種のことを「出家行法」という。 35 新草第一 出家功徳 いま西天東地、仏祖正伝するところ、 これ出家行法なり。 一生不離叢林なれ ば、すなわちこの四依の行法そなはれ り。 これを行四依と称す。 これに違し て五依を建立せん、しるべし、邪法な り。 たれか信受せん、たれか忍聴せ ん。 仏祖正伝するところ、これ正法な り。 これにょりて、出家する人間、最 上最尊の慶幸なり。 このゆ袅に、西天 竺国にはすなはち難陀• 阿那律• 摩訶男• 拔提、ともにこれ師 子頰王のむまご、刹利種姓のもとも尊 貴なるなり、はやく出家せり。 いま刹利にあらざらん ともがら、そのみをしむべからず。 王 子にあらざらんともがら、なにのをし むところかあらん。 閻浮提最第一の尊 貴ょり、三界最第• の尊貴に帰するは、 すなはち出家なり。 , H 余の諸小国王• 諸離車衆、いたづらにをしむべからざ るををしみ、ほこるべからざるにほこ り、とどまるべからざる にと どまりて 出家せざらん、たれかつたなしとせざ インド 中国に歴代の祖師が伝えて来たものは、 この 出家の法で ある。 一生の 間、禅の道場を離れず修行するのは、 この 四種の行法を明らかに身に具えた 人、体験者なのである。 これを四依の人という。 四依の行の完全な体験者とい うこと である。 これに反して四依の行を守らず別に五依な どと いう法を立てる のは、これは邪法であると知るべきである。 このような 邪法を信ずる者があろ うか。 誰か耳を傾ける者があろうか。 仏祖が正伝せられたのは この 正法のみで ある。 これによって出家する人は最も尊く最も幸福な人である。 この故に、インドの迦毘羅城に師子頰という王が あった。 その子に浄飯王、 白飯王、斛飯王および甘露飯王の四人の子が あった。 そして浄飯王には釈尊 と難陀、白飯王には阿難と阿那律、斛飯王には摩訶男と提婆達多 調達 、甘露 飯王に提婆、跋提梨迦とが あった。 各々に二人の子が あった。 これら六人は何 れも師子頰王の孫たちである 家系には異説が多い。 これらの人々の身分は何れも刹帝 0 王族、貴族 である。 けれども釈尊の成. 道後三年、故郷のヵピラヴァスッ城に帰られたとき、これらの人々も出家した のである。 このことは後世に対する勝れた模範的の蹤跡である。 然るに今、王族でもない人々がその身分を惜しんで出家せぬとは何事であろ う。 インド第一の貴い存在から、世界第一の貴い存在に帰することは、ただ出 家という手段があるのみである。 然るに釈迦族から見ればその他の諸の小国の 36 らん、たれか至愚なりとせざらん。 王や離車族などの種族が、徒に惜しむべきではない。 身分を惜しみ、誇るべき ほどのものでないものを誇り出家しないでいるが、そんな社会に留まるべきで はないのにとどまって、出家しないのを愚かで拙い行いとせぬものはないで あろう。 羅喉羅尊者は釈尊出家以前、釈尊の菩薩の時代のお子である。 また浄飯王の 孫に当るお方である。 浄飯王の考えでは釈尊の出家後、ヵピラヴァスッの王位 を羅喉羅に嗣がせようとの思召しであったのを、釈尊成道後の三年目にヵピラ ヴァスッ城を訪れられたとき、羅喉羅を尼瞿陀林に連れて行って、舎利弗に命 じて強いて剌髪させられた。 これによって明らかなように、出家の法はこの世 において最も尊い法であることが知られよう。 羅喉羅尊者は密行第一の弟子、即ち戒律を少しも犯さず、常に仏道を行じ 経典を読誦することにおいて第一の弟子として十大弟子のなかに数えられ、仏 の命により今に到るも入滅しないで衆生の教化救済のために現存しておられ る。 インドに正法眼蔵を伝えた仏と祖師のなかには王子出身の方々が頗る多い。 いま中国の初祖達磨大師は、インドの香至国王の第三子である。 王位を重視せ ず、出家受戒して正法を中国に伝えられたのである。 以上の種々な実例で、出家の最も尊い ことが 明らかになったであろう。 これ 西天伝仏正法眼蔵の祖師のなかに、 王子の出家せるしげし。 いま震旦の初 祖、これ香至王第三皇子なり。 王位を おもくせず、正法を伝持せり。 出家の 最尊なること、あきらかにしりぬべ 羅喉羅尊者は菩薩の子なり、浄飯王 のむまごなり。 帝位をゆづらんとす。 しかあれども、世尊あながちに出家せ しめまします。 しるべし、出家の法最 尊なりと。 密行第一の弟子として、い まにいたりていまだ涅槃にいりましま さず。 衆生の福田として世間に現住し まします。 37 新草第一 出家功徳 し。 これらにならぶるにおょばざる身 をもちながら、出家しつべきにおきて いそがざらん、いかならん明日をかま つべき。 出息入息をまたず、いそぎ出 家せん、それかしこかるべし。 またし るべし、出家受戒の師、その恩徳すな はち父母にひとしかるべし。 禅苑清規第一云、三世諸仏、皆日,一 出家成道—〇西天二十八祖、唐土六祖、 伝, I 仏心印 尽是沙門。 蓋以厳,,浄昆 尼ハ方能洪 n 範三界— 〇然則参禅問道、 戒律為,先。 また合水の乳のご とし。 乳をもちゐんとき、この和水の 乳をもちゐるべし、余物をもちゐるべ からず0 らの貴い身分の方々に、比較できるような身分でない身分でありながら、出家 するをなぜ躊躇するので あろう か。 明日を待つべきではない。 出る 息、入る 息を待たずして、急いで出家すべきである。 それが人間として最も賢い生き方 である。 また出家受戒の師の恩、その徳は実に父母の恩徳に等しきものである と知るべきである。 「禅苑清規」第一にいう。 三世の諸仏は皆出家して成道せられたという。 ィンドの二十八祖、中国初祖 達磨大師、中国の六祖大鑑慧能禅師などは、仏の命脈たる仏心印 仏心体験の実 証 を伝えた方々であるが、皆悉く出家である。 在家の者は一人もない。 け だし出家は仏心印をもって戒律を厳重に守り、世間の大導師となるべきもので ある。 出家が禅に参じ仏道を学ぶには、戒律を先とせねばならぬ。 何となれば 戒律を先としすでに悪を離れ、非法を防ぐのでなかったならば、何によって仏 となり祖となることができようか。 すべて戒律を厳に守る処に祖師が現われて 来るものである。 またこれを譬えていえば、 38 しかあればすなはち、三世諸仏、 日出家成道の正伝、 もともこれ 最尊な り。 さらに出家せざる三世諸仏おはし まさず。 これ 仏仏祖祖正伝の正法眼蔵 涅槃妙心無上菩提なり。 水で割った牛乳を売るといぅ「和水の牛乳を売る」ょぅに外見ばかりの牛乳を 用いるとしても、若し薄くなったとしても、この牛乳に水を加えたものを用い るべきで余物を用いるべきではない。 仏法以外を求めるべきでない。 だから諸仏. 仏祖はみな出家して成道するといわれるのである。 このことは 歴代の仏祖方が摘々相伝えて来られた正法が最も尊い正法であって、出家しな い諸仏は一人もない。 出家が仏々祖々による正伝の正法眼蔵涅槃妙心であり、 この上もない最勝の悟りの道である。 正法眼蔵出家功徳第一 建長七年乙卯夏安居日。 延慶三年八月六日、書,,写之—〇 正法眼蔵第一 出家功徳 建長七年乙卯夏安居の日。 延慶三年八月六日、之を写書す。 39 新草第一 出家功徳 正法眼蔵第二 受 戒 禅苑清 ii. 蓋以厳--浄毗尼一方 叱 I 供,,範三界〗然則参禅問道、戒律。 仏 戒律一鼎,? 生為,,無戒之 人 d ハ空, l M ]. 「 軋消. ,既ぷ. : 声聞务14受き薩爽此人法之漸也。 1 破齡跑 宋、崇寧:年、長蘆 51! 禅師が百丈歡渺に従って多少修正した禅門の清 規 の受戒の章に、過去、現在、未来の諸仏はみな出家して成道 真理を体験 せられたと称せられている。 ィンドにおける仏祖伝燈の二十八祖、中国禅門の 六戈 CD 歴代の仏祖は、仏心 真理 の体験そのものを相継ぎ正伝せられ出家し た人々である。 そぅして、それらの人々は、戒律を厳重に守って、世の中の師 貧となり、大導師となるのである。 であるから禅に参じて仏道を究めるには、先ず戒律をわがものとすることが 第一条件である。 何となれば、戒律を、先として既に身心の罪過を防ぎ、非行を. 禁じなければ、他のどんな方法を以てしても仏道の成就、仏道の諸仏諸祖とな ることはできるはずはない。 凡て戒律を厳しく守るところに仏祖が現成するの である。 势獻の法は三衣 三種の袈裟〕、即ち大衣、七条 衣、 五条衣と食器の鉢盂 応量 器• 坐目【 坐下に• ベて敷き、 礼拝す る敷物。 僧の 持物の六物の一 、これらの 袈裝な どはみな新しいものを用意すべきである。 もしも新しい袈裟がなかったなら、 古い衣をよく洗って清浄にして用いるべきである。 戒壇に登り戒を受けるとき には、他人の袈裟や鉢盂を借用してはならない。 戒を受けるときには、心を一つにして他の雑念に囚われることなく、ただ無 我• 清浄の身心を保ち、仏の相を自らの相とし、仏の戒律の心そのままを身心 に受け取り、身心が戒そのものになりきることである。 戒を自らに体験するこ とである。 必ず戒を受けることの重大事であることを自覚して、かりそめにも 軽く考えてはならない。 受戒のとき、もしも心なく他人の衣鉢を借用して戒壇に登って受戒しても、 それは真実の受戒とはならない。 したがってこの人は一生涯、無戒の人となる のである。 この人は、みだりに仏門の人と自称し、信者の財施を貪る人となる のみであろう。 初めて発心した入道者は未だ戒律を憶えていない。 しかも師匠 がこれを厳しく憶えるように教えることがなかったならば、このような邪道に 陥るであろう。 故に今、苦言を呈するのである。 あえて希望するのは、記憶の みならず身心で憶えこんでしまうことを肝に刻みつけて忘れないで欲しい。 すでに出家受戒して声聞戒 初果 を受けた以上は、次いで菩薩戒を受けな ければならぬ。 それは仏道を実現するために進むべき基本の段階であるからで ある。 41 新草第二 受 戒 西天東地、仏祖相伝しきたれるとこ ろ、かならず入法の最初に受戒あり。 戒をぅけざれば、いまだ諸仏の弟子に あらず、祖師の児孫にあらざるなり。 離過防非を参禅問道とせるがゆ袅な り。 戒律為先の言、すでにまさしく正 法眼蔵なり。 成仏作祖、かならず正法 眼蔵を伝持するによりて、正法眼蔵を 正伝する祖師、かならず仏戒を受持す るなり。 仏戒を受持せざる仏祖、ある ベからざるなり。 あるいは如来にした がひたてまつりてこれを受持し、ある いは仏弟子にしたがひてこれを受持 す。 みなこれ命脈稟受せ ると ころな いま仏仏祖祖正伝するところの仏 戒、ただ嵩嶽篛祖まさしく伝来し、震 旦五伝して曹谿高祖にいたれり。 青 原• 南嶽等の正伝、いまにつたはれり といへども、杜撰の長老等、かつてし ら ざる も あり。 もっとも あはれむべ し。 ィンドから 中国に、仏祖の正しく相伝えられた仏法には、必ず仏道にはいる 最初に先ず受戒がある。 戒を受けなければ未だ諸仏の弟子ということはできな い。 祖師の法孫と いうこと もで きない。 その理由は、受戒によって罪過を離れ 邪悪からのがれて戒を保つことが、参禅し仏道を参学することであるからであ る。 そのために戒律を受けることを先決とするという言葉は、それが正法眼蔵 すなわち仏道そのものであるからである。 仏道 真理 を体験して祖師となるには、必ず正法眼蔵 仏道 を正伝し、相 継することが必須条件であり、正法眼蔵を正伝する祖師は必ず仏戒を受け護持 せられるのである。 仏戒を受持されない仏祖方は未だ一人もない。 あるいは釈尊について受戒せ られた 方もあり、あるいは歴代の諸仏諸祖に従って受戒された方々もある。 こ れらの方々は何れも仏祖による仏道の命脈を相続せられたのである。 いま 仏々祖々 の正伝せられた仏戒は、、ただ嵩山の少林寺に住した初祖達磨大. 師が、まさにィンドから中国に正伝し五人の祖師によって正伝せられて、さら に曹溪山の高祖 六祖大師 に正伝され、六祖は青原、南岳の両禅師に正伝せ られ、さらに以後、今日に伝っているのであるが、現在の仏法にくらい長老連 中には、仏戒の何たるかさえもわかっていない者がいることは、実に悲しいこ とである。 42 いはゆる応受菩薩戒、此入法之漸 也、これすなはち参学のしるべき とこ ろなり。 その応受菩薩戒の儀、 ひさし く仏祖の堂奥に参学するものかならず 正伝す、疏怠のともがら のぅるところ にあらず。 その儀は、かならず祖師を 焼香礼拝し、応受菩薩戒を求請す るな り。 すでに聴許せられて、沐浴清浄に して、新浄の衣服を著し、あるいは衣 服を浣洗して、華を散じ、香をたき、 礼拝恭敬して、その身に著す。 あまね く形像を礼拝し、三宝を礼拝し、尊宿 を礼拝し、諸障を除去し、身心清浄な る ことをぅべし。 その儀、 ひさしく 仏 祖の堂奥に正伝せり。 そののち、道場 にして和尚• 阿闍梨、まさに受者をを しへ て礼拝し、長跪せしめて合掌し、 この 語を なさし む。 受戒の次には菩薩戒を受けねばならぬ。 菩薩戒は仏道に入ったものの当然に 踏むべき段階である。 このことは仏道参学の者の必ずなすべきことである。 この菩薩戒を受持する といぅことは、仏祖の仏道参徹の者が長い年月に必ず正伝した事実であった。 但し仏法修行を怠る者は体験することはない。 菩薩戒を受けるときには必ず祖師を焼香、礼拝して受けるのである。 すで に菩薩戒を受けることを許されたならば、沐浴して身体を清めて、新しい清浄 な袈裟を着けることを肝要とする。 もし新しい袈裟のないときには、古い袈裟 を洗い浄めて華を散し、香をたき、そしてその袈裟を礼拝、恭 sfel してから身に つけるのである。 次には仏像に焼香、礼拝して仏法僧の三宝に焼香、礼拝する。 さらに 今日、 現前の菩薩戒を授けて下さる戒師に焼香、礼拝する。 菩薩戒を受ける者は、こ こにおいて迷い煩いによる罪過を除き去ることになるので、身心ともに清浄と なるのである。 その菩薩戒、受戒の儀式は久しいあいだ諸仏の 生命と して正伝 せられた最も大切な儀式である。 この後この儀式の道場で立ちあっている和尚たちは、菩薩戒の受者に教えて 礼拝、長跪 ひざまづく 、合掌して、菩薩戒を受けることを 乞ぅ 言葉を言わせ るのである。 43 新草第二 受 戒 帰依仏、帰依法、帰依僧。 帰依仏陀 両足尊、帰依達磨離欲尊、帰依僧伽衆 中尊。 帰依仏竟、帰依法竟、帰依僧竟。 如来至真無上正等覚、是我大師、我 今帰依。 善男子、既捨,邪帰,正、戒已周円。 応レ受 J 一一聚清浄成— 〇 第一、摂律儀戒。 汝従,,今身,至 n 仏 身ハ此戒能持否。 答云、能持。 三問 三答 第二、摂善法戒。 汝従二今身一至-一仏 身ハ此戒能持否。 答云、能持。 三問 三答 第三、饒益衆生戒。 汝従 二 今身一至-一 仏身;此戒能持否。 答云、能持。 三 問三答 上来三聚清浄戒、一一不,得,犯。 汝従,,今身,至 M 仏身〔能持否。 答云、 能持。 三国一答 是事如 U 是持。 受者礼:.. 法に帰依し奉る。 僧に帰依し奉る。 仏陀両足尊 仏陀は仏、 両足尊は仏の別名、仏は定慧具足、悲智具足の功徳を具える仏 に帰依し奉る。 達磨離 欲尊 達磨は法、法は真理の意、仏所説の教え、すなわち煩悩から離脱された尊いものゆえ 離欲尊 に帰依し奉る。 僧伽衆中尊 僧伽は略して僧のこと、僧は衆生の中の第一に尊 い人 に帰依し奉る。 仏の境界に帰依し奉る。 法の境界に帰依し奉る。 僧の境 界に帰依し奉る。 一一:回唱える 仏の真実の悟りは、是れ私の大師である。 私はいま心から崇拝し信仰いたし ます。 已後さらに邪悪魔党、外道などに帰依しないことをお誓いいたします。 私をお慈悲をもって哀れみ、私の誓いをおうけ下さい。 三回唱える 仏道の帰依者は既に邪を捨てて正しい受戒により三帰戒 仏、法、僧に帰依す ることを誓う戒 を完了することができたから、今度はさらに三つの清浄戒 三聚清浄戒 を受けねばならぬ。 三聚清浄戒とは、 第一に摂律儀戒である 一切の律儀をおさめ悪を断滅せんとする戒律。 「汝は今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第二は摂善法戒である 一切の善を増長しようとする戒律。 44 「汝は今この身ょり悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第三は饒益衆生戒 摂衆生戒ともいぅ。 一切衆生を済度し利益を与えん とする 戒律 である。 「汝は今この身ょり悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 「この三つの清浄戒は一つも犯すことはできない。 汝は今この身から悟りを 得るまで能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 「是の事、是の如く持て」 受者は礼三拝してひいて合掌する。 以上の三聚清浄戒を護持することを得たなら、次は十 fis 禁嫩を受戒すべき である。 第一、不殺生。 汝従,,今身,至,,仏身 此戒能持否。 答云、能持。 三問三答 第二、不偸盗。 答云、能持。 三問三答 第三、不貪姪。 汝従,4身 IC デ仏 A その文は、 「善男子ょ。 汝は既に三聚清浄戒を受けた。 次には、まさに十重禁戒を受け ねばならぬ。 この十戒はすなわち諸仏菩薩の清浄な大戒である」 と。 第一には不殺生戒である。 「汝、今この身ょり悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 45 新草第二 受 戒 リ ルマデ 汝従こ今身一至こ 此戒能持否。 答云、能持。 三問三答 第四、不妄語。 汝従,,今身,至 n 仏身ハ 此戒能持否。 答云、能持。 三問三答 第五、不酤酒。 答云、能持。 三問三答 第六、不説在家出家菩薩罪過。 汝従 U 今身,至,仏身〔此戒能持否。 答云、 能持。 三問三答 第七、不自讃毀他• 仏身一此戒能持否。 答云、能持。 三問三答 第八、不慳法財。 汝従二今身一至 u 仏 身ハ此戒能持否。 答云、能持。 三問 三答 第九、不瞋恚。 答云、能持。 三問三答 第十、不癡謗三宝。 汝従,,今身一至, 一 仏身;此戒能持否。 答云、能持。 三 問三答 上来十戒、 ルマデ ニ 身 I 至,一仏身ハ ご商三答 一: 小レ得,犯。 汝従,,今 クツヤヤ テク クツ 能持炎。 答云、能持。 是事如,是持。 受者礼三拝。 第一一は不倫盗戒である。 「汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第三は不貪娃戒である 不邪姪戒ともいう。 邪淫を犯さない戒律。 「汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第四は不妄語戒である 迷妄による言葉を吐かないという戒律。 r 汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第五は不酤酒戒である 酒を売らないという戒律、人を誤らせない。 「汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 言わないと誓う戒律。 r 汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第七は不自讃毁他戒である 自讃、自慢し、他人の心をそこなわないという戒である。 r 汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 あやまち 切の衆生の罪及び過を 46 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第八は不慳法財戒である 法財を施すのを惜しまない戒である。 法財とは法施〔仏法を 施す〕と財施〔財物を施す〕をいう。 「汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第九は不瞋恚戒である 日常の生活の一々に瞋恚 怒 しないと誓い行う戒。 「汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 第十は不癡謗三宝戒である 不謗三宝戒ともいう。 仏法僧の三宝を謗らない戒。 「汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 以上の十戒は、一つひとつ犯してはならない。 r 汝、今この身より悟りを得るまで、この戒を能く持つや否や」 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答 上来三帰• 三聚浄戒• 十重禁戒、是 諸仏之所 n 受持〗汝従」今身-至ゝ仏 身一此十六支戒、能持否。 答云、能持。 三問三答 「是の事是の如く十戒を持て」 受者、礼三拝する。 「この三帰依、三聚清浄戒、十重禁戒は、これ諸仏の受持し給ぅところの戒 律である。 汝は、今この身ょり仏の位に入るまで必ず、この十六の戒を、以上 のょぅに持つや否や」 47 新草第二 受 戒 答えて日く「能く持つ」と。 三問三答〕 「是の事、是の如く保て」 受者、礼三拝する。 次に処世界梵 処世界ではじまる梵唄 、声明 謡、即ち梵語の諷詠のこと を なし終ってから次のょぅに唱える。 帰依仏、帰依法、帰依僧。 ついで受者は道場を出る この受戒の儀式は必ず仏祖方が正伝せられた儀式である。 丹霞天然禅師及び薬山高沙弥禅師は、比丘戒を受けた僧と同じょぅにこれら の戒を受持されて来られた。 比丘戒を受けなかった祖師もあるけれども、この仏祖正伝の菩薩戒を受けな い祖師は未だ一人もない。 かならずこの菩薩戒を受持されたのである。 正法眼蔵受戒第二 正法眼蔵第二 受戒 この受戒の儀、かならず仏祖正伝せ り。 丹霞天然• 薬山高沙弥等、おなじ く受持しきたれり。 比丘戒をうけざる 祖師あれども、この仏祖正伝菩薩戒う けざる祖師、いまだあらず。 かならず 受持するなり。 是事如,是持。 受者礼三拝。 t 作,,処世界梵,訖云、 帰依仏、帰依法、帰依僧。 t 受者出,,道場—〇 48 正法眼蔵第三 袈裟功徳 諸仏が仏道を仏から仏へ、祖師から祖師へ、その後継者に正伝するとき、そ の証として釈尊以来、歴代相伝の袈裟を授けてきたのである。 この事実は、ま ちがいなくィンドから中国に伝えられたのである。 中国に袈裟を伝えられたの は嵩山の少林高祖菩提達磨大師ばかりである。 高祖はィンドにおいては釈尊から二十八代目の祖師である。 袈裟の正伝はィ ンドにおいて釈尊から二十八代に到る達磨大師まで、祖師から祖師へと正しく 相承正伝してきたのである。 この第二十八代の祖達磨大師が自ら中国に来て 仏道を伝え、中国の最初の仏祖、即ち中国仏道の初祖となったのである。 爾 来、慧可大師が二祖となり、三祖僧璨、四祖道信、五祖弘忍の各禅師にと摘々 正伝してさらに曹溪山の大鑑 慧能 禅師に伝えられたのである。 大鑑禅師は 中国の第六祖となられ、釈尊から数えると第三十三代目の祖師である。 世に多 くの人々は、この祖師の名をょばないで「六祖」と敬称し愛称している。 中国 の六祖である第三十三代目の祖師大鑑禅師が、この袈裟の正伝と仏道の相伝 仏仏祖祖正伝の衣法、まさしく震旦 国に正伝することは、嵩嶽の高祖のみ なり。 高祖は、釈迦牟尼仏ょり第二十八 代の祖なり。 西天二十八伝、嫡嫡ぁひ つたはれり。 二十八祖、したしく震旦 にいりて初祖たり。 震旦国人五伝して、 曹谿にいたりて三十三代の祖なり。 こ れを六祖と称す。 第三十三代の祖大鑑 禅師、この衣法を黄梅山にして夜半に 正伝し、一生護持、いまなほ曹谿山宝 林寺に安置せり。 49 諸代の帝王、あひつぎて内裏に奉請 し、供養礼拝す。 神物護持せるものな り。 唐朝中宗• 代宗、しきりに 帰内供養しき。 奉請のとき、奉送のと き、 ことさら 勅使をつかはし、詔をた まふ。 代宗皇帝、 あるとき 仏衣を曹谿 山におくりたてまつる詔にいはく、 今遣,,鎮国大将軍劉崇景頂戴而 送 — 〇朕為,,之国宝 — 〇卿可 T 於,,本寺,安 置、令 K 僧衆親承,0宗旨,,者。 仏化のおょぶところ、• 一- を黄梅山で夜中に正伝せられて以来、この仏道正伝の証となる袈裟を一生涯、 最も大切に護りつづけられたのである。 それが今日なお曹溪山の宝林寺に安置 されている。 この袈裟を中国の歴代の帝王が相次いで宮中にお迎えして、供養し礼拝して 来た。 国家唯一の重要宝物として神聖なもの、また仏教の精神として尊崇し 奉ってきたのである。 そしてお袈裟 のお迎え、お送りのとき、わざわざ勅使を派してみ一叫を賜った。 代宗皇帝が あるときの仏衣を曹溪山にお送りする勅語に、 「今、この仏袈裟を鎮国大将軍劉崇景をして謹んで送らせ奉る。 以後、卿 重臣の称 はこの装裳をこの寺に安 置して、修行者たちに親しくその本旨を伝えなさい。 そしてきびしく守護して 一切粗相のないようにしなければならない」,と。 まことに無量のガンジス河の砂ほどの三千世界を統治するよりも、このよう な仏袈裟の伝えられてある小国 宋 にて、帝王としてこれを目のあたり拝見 し、その話を承り、そして供養し奉ることは、生死の移り変りの中における生 涯において最大の幸運であり、最勝の生き甲斐ある人生というべきであろう。 50 千界いづれのところか袈裟なからん。 しかありといへども、嫡嫡面授の仏袈 裟を正伝せるは、ただひとり嵩嶽の曩 祖のみなり。 旁出は仏袈裟をさづけら れず。 二十七祖の旁出、跋陀婆羅菩薩 の伝、まさに肇法師におよぶといへど も、仏袈裟の正伝なし。 震旦の四祖大 師、また牛頭山の法融禅師をわたすと いへども、仏袈裟を正伝せず。 しかあればすなわち、正嫡の相承な しといへども、如来の正法、その功徳 むなしからず、千古万古みな利益広大 なり。 正嫡相承せらんは、相承な きと ひとし かるべからず。 しかあればすなはち、人天もし袈裟 を受持せんは、仏祖相伝の正伝を伝受 すべし。 震旦、正法• 像法のと きは、在家なほ袈裟を受持す。 いま遠 方辺土の澆季には、剃除鬚髪して仏弟 仏の教化の及ぶすべての世界は三千界といわれているが、その広い世界のど こにも袈裟のないところはないであろう。 然し、仏祖から仏祖に直接に、滴々 面面相対して、手から手に正しく袈裟をうけ伝えられて来たのは、ただ一人、 中国の高祖達磨大師ばかりである。 傍系の者たちには仏の袈裟は授けられてい ないのである。 また中国の四祖大医道信禅師 は、牛頭山の法融禅師に伝法されたが、仏の袈裟は伝えなかった。 袈裟は五祖 弘忍禅師に授けられている。 しかし、このょうに、たとえ正統な仏法の相伝は袈裟とともに行われても、 袈裟の伝授のない傍系の伝法でも、釈尊の正法の功徳 仏道修行の功蹟、果報 は決して空なものではなく、永遠にその利益は広大無辺である。 しかしながら正統に仏道と袈裟を共に相伝せる祖師と、傍系の袈裟の相伝の ない人とは全く等しくない。 したがって人間界や天上界の人が、もし袈裟を伝授しょうと思うなら、仏祖 から正伝せられる正しい袈裟を伝授すべきである。 ィンドや中国において釈尊 滅後、正しい仏道が行われると予言せられている「正法」の時代の一千年間 や、その後の一千年間の「像法」 形式主義の仏道 の時代には、在家もまた袈 51 新草第三 袈裟功徳 裟を身につけているが、現代のようなこの遠方の片隅の国で、しかも澆季末法 釈尊滅後二千年から一万年間の仏道の頹廃時代 においては、鬚や髪を剃って仏弟 子と称しているものさえ袈裟を身につけていない。 彼らはそれを身につけるベ きであることを信ぜず、また知りもせず明らめてもいない。 まことに悲しむベ きことである。 ましてや彼らは袈裟の材料、色、大きさがどのようなものであ るかも知っていない。 ましてや、それを身につける作法を知っていようか。 袈裟は昔から解脱服と呼ばれている。 これを搭けると、悪行による障害 業 障 、心の迷妄による障害 煩悩障 、過去の報いによる障害 報障 などを解脱 することができる。 龍がもし、袈裟の一本の糸くずでも得ることができれば、龍が恐れる三熱 熱砂、熱風、暴風ゃ金翅鳥に殺される の苦しみを免れる。 牛がもし袈裟に一方 の角でも触れるなら、前々からのその罪が自ら消滅する。 仏祖方が道を成就さ れるときには必ず袈裟を搭けられる。 このように袈裟の功徳は、最も尊く最も すぐれたものであることを知るべきである。 ftf の仏法の廃れた時代にあうことはまことに残念なことである。 しかしなが 嫡嫡相承の衣法にあふたてまつる、い ぁ くそ. 、よくのよろこびとかせん。 :つれ ら仏祖方が仏から仏に嫡嫡正伝せられてこられた袈裟に値い奉ることは、どん の家門かわが正伝のごとく、釈尊の衣 なに大きな喜びであろうか。 何れの教団宗派においても、われわれが正しく伝 袈裟はふるくょり解脱服と称す。 業 障• 煩悩障• 報障等、みな解脱すべき なり。 龍 もし 一縷をぅれば、三熱を ま ぬかる。 牛 もし 一角にふるれば、その 罪おのづから消滅す。 諸仏成道のとき、 かならず袈裟を著す。 しるべし、最尊 最上の功徳なりといふこと。 子と称する、袈裟を受持せず。 いまだ 受持すべきと信ぜず、しらず、あきら めず。 かなしむべし。 いはんや体色量 をしらんや。 いはんや著用の法をしら んや〇 52 53 新草第三 袈裟功徳 法ともに正伝せる。 これにあふたてま つりて、たれか恭敬供養せざらん。 た とひ一日に無量恆河沙の身命をすてて も、供養したてまつるべし。 なほ生生 世世の値遇頂戴、供養恭敬を発願すベ し。 われら仏生国をへだつること、十 万余里の山海はるかにして、通じがた しといへども、宿善のあひもょほすと ころ、山海に擁塞せられず、辺鄙の愚 蒙きらはるることなし。 この正法にあ ふたてまつり、あくまで日夜に修習 す。 この袈裟を受持したてまつり、 常 恆に頂戴護持す。 ただ一仏二仏のみも とにして功徳を修せるのみならんや、 すでに恆河沙等の諸仏のみもとにし て、もろもろの功徳を修習せるなるべ し。 たとひ自己なりといふとも、たふ とぶべし、随喜すべし。 祖師伝法の深 恩、ねんごろに報謝すべし。 畜類なほ 恩を報ず、人類いかでか恩をしらざら ん。 もし恩をしらずば、畜類よりも愚 なるべし。 この仏衣仏法の功徳、その伝仏正法 えてきたような、釈尊の袈裟の伝受とともに正伝する教えが世の中に存在する であろうか。 この尊い仏道に値い奉って、誰がそれを敬い供養しないものがあ ろうか。 たとえ一日の中に限りなく尊い身命を捨てても、それを供養し奉るベ きであり、なお幾巡り生れ変るごとに仏に値い奉り、袈裟に値い奉り、袈裟を 頭に頂き供養し敬うという願いを発すべきである。 われわれは釈尊の生国ィンドから、遥か十万余里の山海を隔てた処に居り、 容易に道も通じていないが、過去の善行の報いによって、その山や海に隔てら れることもなく、辺鄙の国の未開な愚民を嫌われることもなく、今この正しい 仏道に値い奉り、二六時中昼夜を分かたず一心不乱に修行している。 この袈'裟 を身に受け搭けさせて頂いて永遠に変ることなく、頭におし頂いて護持敬礼し ている。 それは、ただ一人や二人の仏祖の下において修行を修めた功徳のみで あろうか。 ガンジス河の砂の数ほどの無数の諸仏たちのみもとで、さまざまの 修行を修めた功徳によるのであろう。 それは、たとえ自分の努力であるとはい え尊ぶべきであり随喜すべきである。 われわれは今ここに仏祖方が仏道を従来 伝えられた仏祖の甚深の慈恩を、心から報謝し敬礼すべきである。 畜類たち でさえなお恩を報ずるのに、人間がどうして恩を知らずにおられようか。 もし 恩を知らなければ畜類たちよりも劣り愚かである。 この仏の袈裟、仏道の功徳は、仏の正しい教えを伝える仏祖でなければ、そ の祖師にあらざれば、余輩いまだあき らめず、しらず。 諸仏のあとを欣求す ベくば、まさにこれを欣楽すべし。 た とひ百千万代ののちも、この正伝を正 伝とすべし。 これ仏法なるべし、証験 まさにあらたならん。 水を乳にいるる に相似すべからず、皇太子の帝位に即 位するがごとし。 かの合水の乳なりと も、乳をもちゐんときは、この乳のほ かにさらに乳なからんには、これをも ちゐるべし。 たとひ水を合せずとも、 あぶらをもちゐるベからず、ぅるしを もちゐるべからず、さけをもちゐるべ からず。 この正伝もまたかくのごとく ならん。 たとひ凡師の庸流なりとも、 正伝あらんは、用乳のょろしきときな るべし。 いはんや仏仏祖祖の正伝は、 皇太子の即位のごとくなるなり。 俗な ほいはく、先王の法服にあらざれば服 せずと。 仏子いづくんぞ仏衣にあらざ らんを著せん。 後漢孝明皇帝永平十年 ょりのち、西天東地に往還する出家在 家、くびすをつぎてたえずといへど の他のものたちは未だそれを明らめることなく、知ることもないのである。 諸 仏の行いの跡を歓び求めるならば、正法を心の底から願い求めねばならない。 たとえ永劫の未来にも、この正しい仏道の伝承を正しい真理の伝承とすべきで ある。 これが仏の教えである。 そのあきらかな証験はまさに端的に現われ、顕 著なるものとなるであろう。 その証験 証拠 はあきらかで、牛乳の中に水を入れるようなことと思って はならない。 それは純粋な乳は皇太子が帝位を継ぐことに似ている。 たとえ水をまぜていない牛乳であっても、 油をまぜたり漆をまぜたり、酒をまぜたりすることは乳以外のものになってし まって飲むことはできない。 水で薄められた乳は淡いというだけで牛乳の本質 は残っているのである。 仏道の正しい伝えもまた、そのようなものであろう。 たとえ凡庸の師であろうとも、正しい伝えを受けた師であるなら、その師につ いて学ぶことは、飲むに足りる水を加えた牛乳のように、これを飲むのに好い ときであろう。 ましてや仏々祖々の正しい仏道の伝承は、皇太子の即位のよう に そっくり 受け継ぐようなものである。 俗世間のものでさえ言うではないか。 後継者は「先王の法で決められた服でなければ着ない」と。 まして仏道を学ぶ ものたちがどうして仏袈裟でないものを搭けるはずがあろうか。 ただ経論師にしたがぅて、梵 本の経教を伝来せるなり。 仏法正嫡の 祖師にあふといはず、仏袈裟相伝の祖 師ありとかたらず。 あきらかにしり ぬ、仏法の閫务にいらざりけりといふ ことを。 かくのごときのひと、仏祖正 伝の旨あきらめざるなり。 釈迦牟尼如来、正法眼蔵無上菩提を 摩訶迦葉に附授しましますに、迦葉仏 正伝の袈裟、ともに伝授しまします。 嫡嫡相承して曹谿山大鑑禅師にいた る、三十三代なり。 その体色量親伝せ り。 それょりのち、青原• 南嶽の法 配、したしく伝法しきたり、祖宗の法 を搭し、祖宗の法を製す。 浣洗の法、 および受持の法、その嫡嫡面授の堂奥 に参学せざれば、しらざるところな 後漢の孝明皇帝の代の永平十年に仏教が中国に伝ってから中国からィンド へ行き来する出家や在家の者たちが次々と絶えなかったが、彼らは皆ィンドに おいて仏々祖々正伝の仏道を伝えている祖師に会ったとは言っていない。 また 釈尊から、仏から仏に直接に伝えられた正統な仏道の系譜を持たない。 彼らは ただ経典学者たちに学んで梵語の経典に書かれた教えを伝えたばかりであ る。 そのため彼らは、仏道正伝の祖師に会ったともいわず、仏の袈裟を伝える 祖師があるとも語らない。 それは明らかに彼らが仏道の奥儀• 極所までは入ら なかったといぅことである。 したがってその者たちが、仏祖方から正しく伝え られた仏道の真意を明らめていないのは当然のことである。 釈尊が正法眼蔵無上菩提 仏法 を摩訶迦葉尊者に伝えられたとき、迦葉仏 釈尊の師 ょり正伝の袈裟をともに伝えられた。 その袈裟が歴代の諸仏から 諸仏に滴々に伝えられて、曹溪山大鑑禅師 中国禅宗の六祖 に至った。 その 間、三十三代である。 その後、六祖門下青原と南岳の法孫は、親しくその教えを伝え、釈尊の教え そのままの法で袈裟を搭け、釈尊の教えのままの方法で袈裟を縫って作ったの である。 それをすすぎ洗ぅ方法、及びそれを身に着ける方法は、仏正伝の奥儀 を学ばなければ知ることができないことである。 七条衣、九 条衣等大衣 也。 上行之流、唯受,,此三 衣—〇不レ畜,,余衣 唯 用 匕二衣 T 供身事 足。 若経営作務、大小行来、著 n 五条 衣一為 n 諸善事一入衆著,,七条衣一 教,一化人天一令一一其敬信 須レ著,一 九条等大衣—〇又在 n 屛処 著,,五条 衣—〇入衆之時、著二七条衣—〇若入,一王 宮聚落 須 t 者,,大衣-0又復調和媼燸之 時、著,,五条衣— 〇寒冷之時、加,,著七条 衣--〇寒苦厳切、加以著,,大衣--〇故往一 時、正冬入レ夜、天寒裂レ竹。 それは五条衣、 七条衣、九条衣などの大衣のことである。 大乗の教えを修行するものたちは、 ただ、. この三衣を身に搭ける。 その他の衣を貯えない。 ただ三衣だけを用い、 身に着けてそれで十分とする。 もし仕事をしたり作務 勤労 をしたり、大小 の便を行ぅときには、五条衣を搭ける。 もろもろの儀式に加わり、他の修行者 たちと共にいるときには七条衣を搭ける。 人間界、天上界の人々を教化すると きには九条衣、あるいはそれ以上の大衣を搭けるべきである。 また室内に一人でいるときには五条衣を用いる。 他の修行僧たちといるとき には七条衣を用いる。 また、もし王宮や村落に入って法を説くときには大衣を 搭けるのである。 また気候が整い、暖いときには五条衣を着る。 寒冷のときには七条衣をそれ に重ねて着ける。 寒苦が厳しいときには更にその上に大衣を着けるので ある。 昔、真冬の夜に寒気が厳しくて竹が割れるほどであった。 釈尊は、その夜の 夕方から夜中までは五条衣を用いられた。 夜が深まって、ひどく寒くなったと き、七条衣を加えられた。 夜が更にふけて寒さがいよいよ厳しくなったときに 更にその上に大衣を重ねられた。 そこで釈尊が考えられた。 「未来に寒苦に耐えられないときには、仏道を行ずるものたちは、この三衣 を身に着ければよいであろぅ」と。 56 搭袈裟法 偏袒右肩、 これ 常途の法なり。 通両 肩搭の法あり、如来おょび耆年老宿の 儀なり。 両肩を通ず とい ふとも、胸臆 をあらはすときあり、胸臆をおほふと きあり。 通両肩搭は、六十条衣以上の 大袈裟のときなり。 搭袈裟のとき、両 端ともに左臂肩にかさねかくるなり。 前頭は左端のぅへにかけて、臂外たれ たり。 大袈裟のとき、前頭を左肩ょり 通して、背後にいだしたれたり。 この ほか種種の著袈裟の法あり、久参咨問 すべし。 宋あひったはれて 数百歳のあひだ、大小両乗の学者、お ほく講経の業をなげすてて、究竟にあ らずと しりて、 すすみて仏祖正伝の法 を習学せんとするとき、かならず従来 の弊衣を脱落して、仏祖正伝の袈裟を 受持するなり。 まさしく これ捨邪帰正 なり0 袈裟の搭け方 左の肩にかけて、右肩を露すことが通常の方法で ある 偏袒右肩。 両方の肩 にかける方法 もある 通肩。 釈尊や高齢の貴い僧の搭け方で ある。 両肩にかけ ると いっても胸の上部を現わしてかける ときもあり、胸をおおうときもある。 両肩にかけるのは六十条以上の大きな袈裟のときで ある。 その袈裟をかけると き、両端とも左の臂と肩の上にかける。 袈裟の右端を左の肩をおおっている左 端の上にかけて肩の外に垂れるので ある。 大きな袈裟のときには右端を左の肩 から通して背中の後ろに出して垂れる。 このほか様々の袈裟の搭け方が ある。 それを学ぶためには長らく修行し参究すべきで ある。 後漢の桓帝から約三百五十年、梁の武帝に到るその間は祖師禅の勃興に対す る準備時代で、経論の翻訳に終始したが、梁の武帝のとき達磨が禅を伝えてか ら約百九十年間は達磨禅時代を現出した、純禅時代の出現であった。 この時代 の間は伝衣の法も伝持されて、梁、陳、隋、唐、宋と伝り数百年の間、大小乗 の学者たちのなかにも、永嘉、法達、孚上座などという人々は経典の講義を捨 てて、「経典の講義は仏道の究極ではない」 ことに 気がつき、進んで仏祖正伝 の仏道を修学しょうと するとき は、必ずそれまでの古い仏正伝でない俗服をぬ ぎ 捨てて、仏祖から正しく伝えられた袈裟を身に搭け護持するのである。 これ こそまさに邪を捨てて正に帚する ことで ある。 57 新草第三 袈裟功徳 如来の正法は、西天すなはち法本な り。 古今の人師、おほく凡夫の情量局 量の小見をたつ。 衆生界、それ 有辺無辺にあらざるがゆ袅に、大小乗 の教行人理、いまの凡夫の局量にいる ベからず。 しかあるに、いたづらに西 天を本とせず、震旦国に して、 あらた に局量の小見を今案して仏法とせる道 1、しかあるべからず。 しかあればすなはち、いま発心のと もがら、袈裟を受持すべくば、正伝の 袈裟を受持すべし、今案の新作袈裟を 受持すべからず。 正伝の袈裟といふ は、少林• 曹谿正伝しきたれる、如来 の嫡嫡相承なり、一代も虧闕なし。 そ れ法子法孫の著しきたれる、これ正伝 袈裟なり、唐土の新作は.

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【ポケモン】ダンデさん、鎧の孤島であざといシーンが発見されるwww : あにまんch

剣盾 みずのとう

ウーラオス Wulaosu 英語名 Urshifu 892 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 101 - 分類 けんぽうポケモン 1. 9m 105. 0kg 灰 いちげきのかた れんげきのかた いちげきのかた キョダイマックス 29. kg れんげきのかた キョダイマックス 26. 892のポケモンのこと。 初登場は。 概要 ダクマの進化形。 進化前から体が大きくなり体格も屈強になった。 ダクマ時代にみずの型・あくの型を習得していたかによって副タイプや一部習得技の異なる2つのフォルムに分岐進化し、見た目も多少異なる。 あくの型を極めると「いちげきのかた」になり、あくタイプがついて体毛が逆立った外観になる。 キョダイマックスすると体の黒い部分が赤く発色する。 みずの型を極めると「れんげきのかた」になり、みずタイプが付いて体毛が流れた外観になる。 キョダイマックスすると体の黒い部分が青く発色する。 いちげきのかた• 双拳の塔「あくのとう」を選び、「あくのかけじく」を見せる。 れんげきのかた• 双拳の塔「みずのとう」を選び、「みずのかけじく」を見せる。 ポケモンずかんの説明文 いちげきのかた いちげきひっさつが しんじょう。 あいての ふところに とびこみ きたえられた こぶしを たたきこむ。 漢字 一撃必殺が 信条。 相手の 懐に 飛び込み 鍛えられた 拳を 叩き込む。 キョダイマックス いかりのけしん と よばれている。 すさまじい ぎょうそうと おたけびで せかいの じゃきを はらうという。 漢字 怒りの化身 と 呼ばれている。 凄まじい 形相と 雄叫びで 世界の 邪気を 払うという。 とおい ちほうの さんがくちたいで くらす。 だんがいぜっぺきを はしり あしこしを きたえ わざを みがく。 漢字 遠い 地方の 山岳地帯で 暮らす。 断崖絶壁を 走り 足腰を 鍛え 技を 磨く。 キョダイマックス こぶしから はなたれた エネルギーが しょうげきはとなり ダイマックスした ポケモンを いちげきで ふきとばす。 漢字 拳から 放たれた エネルギーが 衝撃波となり ダイマックスした ポケモンを 一撃で 吹きとばす。 れんげきのかた ときに はげしく ときに おだやかな かわの ながれから かくとうわざの かたを あみだしたと いわれている。 漢字 時に 激しく 時に 穏やかな 川の 流れから 格闘技の 型を 編み出したと いわれている。 キョダイマックス かたあしだちの かまえで ぴくりとも うごかず キョダイマックスパワーを ばくはつさせる ときを まっている。 漢字 片足立ちの 構えで ぴくりとも 動かず キョダイマックスパワーを 爆発させる 時を 待っている。 たげきひっとうを しんじょうとする。 みずの ながれのように とぎれなく だげきわざを あいてに たたきこむ。 漢字 多撃必倒を 信条とする。 水の 流れのように 途切れなく 打撃技を 相手に 叩きこむ。 キョダイマックス いかりを ひめた めで にらまれた だけで よこしまな こころの ものは いのちを うばわれてしまうという。 漢字 怒りを 秘めた 目で 睨まれた だけで よこしまな 心の ものは 命を 奪われてしまうという。 「進化」と書かれているわざは進化時におぼえるわざです。 「進化」と書かれているわざは進化時におぼえるわざです。 第八世代 遺伝元 わざ タイプ 分類 威力 命中 PP 太字のわざはタイプ一致です。 入手方法 バージョン 野生 その他 レベル 場所 レベル 方法 ソード・シールド ダクマから進化 - -かけじくをみせる 一般的な育成論 アニメにおけるウーラオス ポケモンカードにおけるウーラオス 備考• ポケットモンスターソード・シールドの追加コンテンツで姿が確認された。 進化した伝説のポケモンの内の1匹。 などと同じく2種類の姿が存在する。 関連項目.

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