天気 の 子 評価。 映画『天気の子』を観て抱いた、根本的な違和感の正体(杉田 俊介)

天気の子・君の名はどちらが面白い?評価や感想から人気を調査

天気 の 子 評価

『天気の子』の公式サイトより この夏もっとも話題の日本映画、『 天気の子』(東宝)が19日、公開された。 同作は2016年に公開され国内興行収入ベースでは歴代4位となる250億円を達成した『 君の名は。 』の監督、新海誠氏の最新作ということもあり、公開前より注目を集めていた。 「実は『天気の子』は、通常であれば公開前に行われるプレス向けの試写会がありませんでした。 理由は定かではありませんが、3年前の『君の名は。 』のインパクトがいまだに冷めない新海監督の作品とあってヒットは確実なだけに、そもそも試写会など必要ないでしょう」(映画業界関係者) 公開直後から早くもインターネット上では、次のように賛否両論のコメントがみられる。 「凄かった!としか言いようがない」 「どの画も美しく、音楽との絶妙な世界観に感嘆」 「気持ちが一杯になって、気がついたら泣いていた」 「今年のアニメ映画ではズバ抜けたデキ」 「感動しすぎていまからIMAXでもう一度見てきます」 「なんか物足りない」 「作品にどうしても入りきることができない」 「退屈だった」 「無理矢理話としてまとめました、みたいな薄っぺらい内容」 「残念、期待はずれ。 君の名は の焼き直し。 セルフカバー」 モヤモヤ感の正体 ファンが多い新海監督の話題作だけに、さまざまな意見があふれているが、実際に本作を観たという映画業界関係者は語る。 『君の名は。 ただ、映画においてこうした物語の破綻は決して悪いことではなく、ストーリー展開において必然性や辻褄というのは、ときに無視されてもよく、必須条件ではありません。 そうした要素よりもエンターテインメント性が優先されるということは、映画である限り認められるべきでしょう。 『君の名は。 それに対して『天気の子』はそうしたスピーディーな場面転換の連続は少なく疾走感が欠けているため、観客を良い意味で騙しきれずに、物語における必然性のなさが露骨に見えてしまっていたように感じます。 ただ、こうした点は新海監督自身は百も承知でしょうし、監督によって、さらには作品によって制作サイドが重要視する要素はさまざまなので、単にそうしたストーリー面だけをもって作品の評価をすることにあまり意味はありません。

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【天気の子】あらすじネタバレと感想!『君の名は。』瀧・三葉など新海キャラも登場!

天気 の 子 評価

映画「天気の子」のテーマ 皆さん、映画「天気の子」は見に行かれましたでしょうか? 筆者は見てきました。 感想は「大変面白かったです。 」 面白いだけでなく、新海監督は今回の映画で、 すごい興味深いテーマを扱っているなと感じました。 そのテーマというのは 「 現実性」です。 つまりは、 「現実味がある描写」であったり、 「実際の社会に起きている問題を反映している描写」が多く含まれていました。 メインテーマなのか?と思えるほどに。 この「天気の子」という映画の中で様々な「現実性」のある描写や設定があるので、今回は皆さんに、それを知ってもらい、作品をまた違う視点で見るきっかけになれば良いなと思っております。 ほとんどの人が「君の名は。 」をイメージして劇場へ足を運ばれたと思うので。 特に、これから「二回目を見る」ような人たちには、ぜひこの記事を読んでいただきたいです! 余談ながら、同じく新海誠さんの作品である 「君の名は。 」とは、扱っているテーマの重さが全く違うので、比べるべきではないです。 しかし、「君の名は。 」の方が、全体的に明るいテーマなので、万人受けはしやすかったようですね。 「天気の子」はテーマが少し重いため、万人に受けているわけではないようです。 下記に 「現実性」が見て取れる描写を挙げましたので、ご覧ください。 ネタバレを含むので、ご注意ください。 家出する主人公と保護者がいないヒロイン 映画本編は、とある島から家出してきた 「帆高」という高校1年生が主人公です。 加えて、 ヒロインの「陽菜」は幼少期に親を無くしていて、、、ここまではまあ正常な描写なんですが。 まさかの子供だけで生活しているという設定なんですよ。 この設定は、 実際に東京に住んでいる少年たちの実問題を元にしているように感じました。 作中で、「君の名は。 」の瀧くんのおばあちゃんの 「今の子供たちはかわいそうだね。 昔はもっと色んな天気があって色んなことができた」というセリフがありますが。 これは今の若者にも言えることですよね。 昔は外に出て遊びに行って、心を育む機会があったのに、今はスマホが普及して心が成長する機会が失われてしまって、今回の主人公のような 「異常な子供」が多くなってきています。 「天気の子の世界」では「雨」。 「現実世界」では「ネットなど」。 と、「子供の心の成長を止めているもの」という共通点でわざと重ねていることが分かりますね。 この設定だけなら、思い過ごしかな?とも思うんですが、下記に続くテーマを見ていくと明らかに異常な子供の描写を意図的にしていると感じざるを得ないと思えると思います。 その他に、 「親がいるのに望んで家出した帆高」と 「望まずして帰る場所を無くした陽菜」の 対比の描写も、注意深く観るとキャラのちょっとした表情やセリフに表れているので、面白いと思いますよ。 簡単に銃を人に向け、引き金を引いてしまう主人公 マフィアが破棄した銃を帆高が拾って、水商売に手を出そうとしている陽菜を助けるシーンありましたよね。 ここで、ワルなお兄さんに捕まって殴られて、 カッとなって帆高はお兄さんに銃を向け、当たらなかったとはいえ引き金を引いたわけなんですが。 」の反響で老若男女な人々が鑑賞しに来るのを分かっている「天気の子」でわざわざ描写するってゆーのは 何か伝えたいものがあるように強く感じます。 「子供が銃の引き金を引く」ってそうそう出来ることではなくって、言い方を悪くすれば「異常」じゃないと引くことはできないように思います。 ここの描写で子供の性質が昔と比べて異常な方向に向いている現実社会を反映している部分ではないのかなと筆者は考察してます。 余談ながら、ヒロインの陽菜は、そこらへんの感覚は正常な様です。 帆高と陽菜と凪君の三人が、警察官に補導されかけたときに、帆高が囮となって警察官に確保されてしまったシーンがありました。 その時、陽菜は帆高を助けようと、空に向かって「お願い!」と願いました。 すると映画で皆さんご覧になったように、落雷が起き、トラックに火花が引火。 爆発を起こし、警察官の注意はそっちに向き、見事三人は逃亡に成功します。 このシーンの落雷が起こった時の「陽菜の反応」に注目です。 陽菜は、帆高を助けたい一心で空に祈ったのであり、落雷を意図的に発生させたわけではないですし、その落雷がトラックに当たって爆発したのを見て、陽菜はとても混乱。 陽菜の祈った両の手は、ひどく震えていました。 トラックには人が乗っていた可能性も当然ありますし、爆発に巻き込まれた人々の存在も否定できません。 陽菜は人を傷つけてしまったかもしれないことにショック(罪の意識)を受ける描写がきちんと描かれており、 「引き金を引く帆高」を軽蔑した前半のシーンが生きてくる非常に大事なシーンでした。 この警察官たちは、業務を遂行しているだけなんですよね。 態度が。。。 って思う方もいると思いますが 実際、帆高のような少年が東京にいたらこんな扱い受けませんか? 「空に彼女がいる」とか「天気と引き換えに」とか言う子供がいたら、実際にこんな態度で対応すると思います。 ここら辺が、「天気の子」でもっとも面白かった点です。 最初に書いた様に、 映画内での 「現実性」の描写が本当に繊細で美しいです。 特に、「須賀さん」の 「人柱ひとりで天気が戻るなら、大歓迎だけどね。 ・・・ていうかみんなそうだろ。 」 このセリフが本当に刺さります。 そうなんですよね。 実際にこんなことが東京で起きたら、ほとんどの人の反応はこれです。 このあたりのリアルな描写。 新海さんほんと上手です。 ヒロインを選んだ代償の描写 これは、映画「天気の子」のラストシーンのことです。 よく、アニメなどでは結局何もかもハッピーエンドになるいわゆる「ご都合主義」が王道なのですが、「天気の子」はそうではありませんでした。 「現実性」をここまでいろんなシーンで出しているだけあります。 代償の描写は、二つありました。 「世界の天気」より「陽菜ひとり」を選んだ帆高が責任を自覚するシーン。 人柱である陽菜と引き換えに、荒れ続ける天気とその影響で引っ越すことになった瀧くんの実家の描写 この二つです。 1,は陽菜と再会した直後のシーンです。 陽菜と再会出来て、よかった。 と安堵した後に しっかりと 「いや!僕は陽菜を選んだ。 そのせいで世界の仕組みを変えてしまったんだ!」と、自分が犯したことへの責任を自覚するシーンは見ていて気持ちが良かったですし、後味もスッキリです。 2,は 上記で述べた「責任の可視化」をしていますね。 瀧くんの一家は、帆高の所為で引っ越しをする羽目になりました。 描写されていないだけで数多くの家が同じような影響を受けているでしょう。 帆高がした選択とその結果起きた責任が、こうやって目に見える描写となって表現されているので、物語の締まりが良くなってます。 キャラの心情を大切にすることで定評のある「新海監督」ですが、「天気の子」は歴作の中でもかなり高度な描写や表現が織り込まれていて、繰り返し見ることで味が出てくるタイプの作品になっています。 二回目以降のご鑑賞もぜひ、今回のテーマも踏まえて見て頂けるきっかけになれば幸いです。 それでは、また次回。

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天気 の 子 評価

映画「天気の子」のテーマ 皆さん、映画「天気の子」は見に行かれましたでしょうか? 筆者は見てきました。 感想は「大変面白かったです。 」 面白いだけでなく、新海監督は今回の映画で、 すごい興味深いテーマを扱っているなと感じました。 そのテーマというのは 「 現実性」です。 つまりは、 「現実味がある描写」であったり、 「実際の社会に起きている問題を反映している描写」が多く含まれていました。 メインテーマなのか?と思えるほどに。 この「天気の子」という映画の中で様々な「現実性」のある描写や設定があるので、今回は皆さんに、それを知ってもらい、作品をまた違う視点で見るきっかけになれば良いなと思っております。 ほとんどの人が「君の名は。 」をイメージして劇場へ足を運ばれたと思うので。 特に、これから「二回目を見る」ような人たちには、ぜひこの記事を読んでいただきたいです! 余談ながら、同じく新海誠さんの作品である 「君の名は。 」とは、扱っているテーマの重さが全く違うので、比べるべきではないです。 しかし、「君の名は。 」の方が、全体的に明るいテーマなので、万人受けはしやすかったようですね。 「天気の子」はテーマが少し重いため、万人に受けているわけではないようです。 下記に 「現実性」が見て取れる描写を挙げましたので、ご覧ください。 ネタバレを含むので、ご注意ください。 家出する主人公と保護者がいないヒロイン 映画本編は、とある島から家出してきた 「帆高」という高校1年生が主人公です。 加えて、 ヒロインの「陽菜」は幼少期に親を無くしていて、、、ここまではまあ正常な描写なんですが。 まさかの子供だけで生活しているという設定なんですよ。 この設定は、 実際に東京に住んでいる少年たちの実問題を元にしているように感じました。 作中で、「君の名は。 」の瀧くんのおばあちゃんの 「今の子供たちはかわいそうだね。 昔はもっと色んな天気があって色んなことができた」というセリフがありますが。 これは今の若者にも言えることですよね。 昔は外に出て遊びに行って、心を育む機会があったのに、今はスマホが普及して心が成長する機会が失われてしまって、今回の主人公のような 「異常な子供」が多くなってきています。 「天気の子の世界」では「雨」。 「現実世界」では「ネットなど」。 と、「子供の心の成長を止めているもの」という共通点でわざと重ねていることが分かりますね。 この設定だけなら、思い過ごしかな?とも思うんですが、下記に続くテーマを見ていくと明らかに異常な子供の描写を意図的にしていると感じざるを得ないと思えると思います。 その他に、 「親がいるのに望んで家出した帆高」と 「望まずして帰る場所を無くした陽菜」の 対比の描写も、注意深く観るとキャラのちょっとした表情やセリフに表れているので、面白いと思いますよ。 簡単に銃を人に向け、引き金を引いてしまう主人公 マフィアが破棄した銃を帆高が拾って、水商売に手を出そうとしている陽菜を助けるシーンありましたよね。 ここで、ワルなお兄さんに捕まって殴られて、 カッとなって帆高はお兄さんに銃を向け、当たらなかったとはいえ引き金を引いたわけなんですが。 」の反響で老若男女な人々が鑑賞しに来るのを分かっている「天気の子」でわざわざ描写するってゆーのは 何か伝えたいものがあるように強く感じます。 「子供が銃の引き金を引く」ってそうそう出来ることではなくって、言い方を悪くすれば「異常」じゃないと引くことはできないように思います。 ここの描写で子供の性質が昔と比べて異常な方向に向いている現実社会を反映している部分ではないのかなと筆者は考察してます。 余談ながら、ヒロインの陽菜は、そこらへんの感覚は正常な様です。 帆高と陽菜と凪君の三人が、警察官に補導されかけたときに、帆高が囮となって警察官に確保されてしまったシーンがありました。 その時、陽菜は帆高を助けようと、空に向かって「お願い!」と願いました。 すると映画で皆さんご覧になったように、落雷が起き、トラックに火花が引火。 爆発を起こし、警察官の注意はそっちに向き、見事三人は逃亡に成功します。 このシーンの落雷が起こった時の「陽菜の反応」に注目です。 陽菜は、帆高を助けたい一心で空に祈ったのであり、落雷を意図的に発生させたわけではないですし、その落雷がトラックに当たって爆発したのを見て、陽菜はとても混乱。 陽菜の祈った両の手は、ひどく震えていました。 トラックには人が乗っていた可能性も当然ありますし、爆発に巻き込まれた人々の存在も否定できません。 陽菜は人を傷つけてしまったかもしれないことにショック(罪の意識)を受ける描写がきちんと描かれており、 「引き金を引く帆高」を軽蔑した前半のシーンが生きてくる非常に大事なシーンでした。 この警察官たちは、業務を遂行しているだけなんですよね。 態度が。。。 って思う方もいると思いますが 実際、帆高のような少年が東京にいたらこんな扱い受けませんか? 「空に彼女がいる」とか「天気と引き換えに」とか言う子供がいたら、実際にこんな態度で対応すると思います。 ここら辺が、「天気の子」でもっとも面白かった点です。 最初に書いた様に、 映画内での 「現実性」の描写が本当に繊細で美しいです。 特に、「須賀さん」の 「人柱ひとりで天気が戻るなら、大歓迎だけどね。 ・・・ていうかみんなそうだろ。 」 このセリフが本当に刺さります。 そうなんですよね。 実際にこんなことが東京で起きたら、ほとんどの人の反応はこれです。 このあたりのリアルな描写。 新海さんほんと上手です。 ヒロインを選んだ代償の描写 これは、映画「天気の子」のラストシーンのことです。 よく、アニメなどでは結局何もかもハッピーエンドになるいわゆる「ご都合主義」が王道なのですが、「天気の子」はそうではありませんでした。 「現実性」をここまでいろんなシーンで出しているだけあります。 代償の描写は、二つありました。 「世界の天気」より「陽菜ひとり」を選んだ帆高が責任を自覚するシーン。 人柱である陽菜と引き換えに、荒れ続ける天気とその影響で引っ越すことになった瀧くんの実家の描写 この二つです。 1,は陽菜と再会した直後のシーンです。 陽菜と再会出来て、よかった。 と安堵した後に しっかりと 「いや!僕は陽菜を選んだ。 そのせいで世界の仕組みを変えてしまったんだ!」と、自分が犯したことへの責任を自覚するシーンは見ていて気持ちが良かったですし、後味もスッキリです。 2,は 上記で述べた「責任の可視化」をしていますね。 瀧くんの一家は、帆高の所為で引っ越しをする羽目になりました。 描写されていないだけで数多くの家が同じような影響を受けているでしょう。 帆高がした選択とその結果起きた責任が、こうやって目に見える描写となって表現されているので、物語の締まりが良くなってます。 キャラの心情を大切にすることで定評のある「新海監督」ですが、「天気の子」は歴作の中でもかなり高度な描写や表現が織り込まれていて、繰り返し見ることで味が出てくるタイプの作品になっています。 二回目以降のご鑑賞もぜひ、今回のテーマも踏まえて見て頂けるきっかけになれば幸いです。 それでは、また次回。

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